2013-01-01から1年間の記事一覧

高野・熊野・伊勢巡り(11) 熊野本宮大社。

熊野本宮大社、全国3000社以上ある熊野神社の総本宮であり、日本第一霊験所である。 熊野本宮大社の参道入口。 幟旗には、熊野のシンボル・八咫烏(やたがらす)。 熊野本宮大社のあちこちには、さまざまな立札や看板があった。説明書きもあれば、心構え…

高野・熊野・伊勢巡り(10) 高野山から熊野本宮へ。

「50年近くになるなー」という男に会ったり、あちこち出歩いていたりで、ブログ暫らくお休みとした。 「高野・熊野・伊勢巡り」、そろそろ熊野三山へ行かなければならない。まずは、熊野本宮大社へ。 古来、熊野本宮大社への道は、京大阪からのメーンの紀…

高野・熊野・伊勢巡り(9) 壇上伽藍(続き×2)。

時間は早いが見学や見物はもう打ち上げ、おしまいにしよう、どこかでコーヒーでも飲みながら、ひと休みしよう、と決めた。 壇上伽藍の東から西の方へ歩いて来たんだ。東の方へ戻ろう。 鐘楼がこう見え、その先に根本大塔が見える、ということは、西塔の前あ…

高野・熊野・伊勢巡り(8) 壇上伽藍(続き)。

ここいらあたり、壇上伽藍の中央部。 ここから、壇上伽藍の西の方へ移る。 右に根本大塔、左に金堂。 その間には、御影堂と准胝堂(じゅんていどう)が見えてくる。 大塔の鐘。 根本大塔の上から見た金堂。 この少し後、下から声をかけられた。 「写真を撮ら…

高野・熊野・伊勢巡り(7) 壇上伽藍。

高野山、標高1000メートル足らずの山上の平地、さほど広くはない。 霊宝館を出、ほんの数分で壇上伽藍への道となる。壇上伽藍の東寄りに出る道である。 蓮池の横の道、少し上ると正面に大会堂(だいえどう)が見えてくる。 壇上伽藍、このような堂塔で構…

高野・熊野・伊勢巡り(6) 霊宝館そして高野山大学の学生。

金剛峯寺を出た後、霊宝館へ。 すぐに、この看板。 こちらの方が趣きがあるな。 霊宝館、大正10年(1921)に開館した、という。 入館チケットの裏面に記載されているところによれば、平成25年(2013年)現在、国宝21件、重要文化財148件を…

高野・熊野・伊勢巡り(5) 金剛峯寺。

奥の院前のバス停へ戻り、バスの時間を確かめ、少し早目の昼食をとる。バスの便は少ない。時折り、強い雨。 永坂嘉光・山陰加春夫・中上紀共著『巡礼高野山』(2008年、新潮社刊)から、少し引く。 <高野山の歴史は、弘仁7年(816)に、弘法大師空…

高野・熊野・伊勢巡り(4) 奥の院。

奥の院への参道を歩いてきた人の前に、この建物が現われる。 休憩所。 奥の院の中枢・弘法大師御廟へお参りする前に、少しお休みください、ということであろう。 その少し先には、幾つかのお堂がある。 ”大黒天”の額が掛かるお堂。 求めた線香を点した蝋燭。…

高野・熊野・伊勢巡り(3) 奥の院への参道。

高野山、全山が聖域、浄域であるが、聖域中の聖域、浄域中の浄域は二か所。壇上伽藍と奥の院である。 私が泊まった宿坊・赤松院、奥の院への表参道のすぐ近く。まずは、奥の院へ向かう。 一の橋を渡ると、奥の院表参道の入口。 雨の降る中、何人もの人が表参…

高野・熊野・伊勢巡り(2) 高野山宿坊(続き)。

「朝7時から御勤めがありますので、よろしければ」、と夕食の後言われていた。 「起きられるかどうか」、と言ったら、「その前に大きな鐘の音がしますから」、と言うことであった。何とか起きられた。少し遅れたが、本堂へ行った。 本堂内陣にはお坊さんが…

高野・熊野・伊勢巡り(1) 高野山宿坊。

ここ数日出歩いており、ブログお休みとした。 そもそも今回の関西歩き、主たる行事は、母の法事。墓参りと叔父、叔母を見舞った翌日、大阪の寺で母の13回忌を行なった。 母、存命ならば、見舞った叔父と同じく数えで100歳。その兄弟姉妹、前日に見舞っ…

なんば、らなくちゃ。

約束の時間に、叔父、叔母を訪ねる。老人ホームの入口ロビーで、車いすに乗り二人並んで待っていてくれた。 幸いにも、二人とも認知症にはなっていない。叔母は耳が遠くなったが、今年数えで100歳の叔父は、よくしゃべる。私の実の親父は、50年前に死ん…

住吉大社。

関西での二日目は、久しぶりの墓参りと、今年数えで100歳になる叔父と95歳の叔母を老人ホームへ見舞うこと。 だが、少し勘違いをし、京都を早く立ちすぎ、大阪へ早く着きすぎた。墓参りをすませた後、叔父、叔母との約束の時間まで1時間以上あいてしま…

難しい、原発。

日中、上野の東博へ行っていた。 今日は金曜、8時の閉館まで東博にいた。途中、敷地内のレストランで食事もし、ほぼ半日。 その後、安い居酒屋で少し飲み、電車に乗った。と、電車の中で、同じ集合住宅に住む人に会った。 大手の建設会社に勤める人であるが…

八坂神社。

円山公園の中を抜けるとすぐ八坂神社。祇園さんである。 主祭神は、素戔鳴尊(スサノオノミコト)。 朱の灯籠が目につくようになるとお寺さんではなくお社、祇園さんである。 上方左に見えているのは、八坂神社の本殿。 本殿。重文である。 20人ばかりの中…

知恩院。

青蓮院門跡を出、知恩院の方へ。 少し歩くとこの門がある。 黒門。 小ぶりで落ちついた瀟洒な門。 黒門を過ぎ、なお歩くとこの門が現われる。 国宝、三門。 「華頂山」の額を掲げた豪壮な三門である。 その来歴はこのような。 そもそも、浄土宗総本山・知恩…

青蓮院門跡(続き)。

一年ぶりの京の寺、面白い。 こういう小さな石組みの庭があった。 「西方浄土」。こういうような説明がある。 <庭の世界には、古代より三尊石という石組みの手法があります。・・・・・。この庭はその三尊石を中心に西方浄土をイメージして作庭しましたが、…

青蓮院門跡。

ギャラリー青い風での光田節子展を辞した後、神宮道を三条通りの方へ戻る。 100メートル少しで、神宮道と三条が交差する三条神宮道。京都の街、タテヨコ双方の通りの名を併せて表記しているので、とても分かりやすい。 三条神宮道の交差点から、神宮道の…

光田節子展 何処かへは知らず飛びたった。

京都、地下鉄東西線の東山で降り、三条通りを3〜40メートル歩くと神宮道に当たる。 神宮道、平安神宮の大鳥居から真っすぐ延びている道。幾つものギャラリーが軒を連ねる。 大鳥居の左右に京都市美術館と京都国立近代美術館があるためであろう、とこの日…

ベトナム、戦争と平和。

東京都美術館へ、日本表現派の同人・山本宣史の作品を観に行く。 今週末までの日本表現派展、第57回。歴史がある。 今回展への山本宣史の出品作、≪下竜(ハロン)湾≫。 F150号。大きな作品である。 ンッ、水墨画かな、それとも、水墨に山本独自の膠彩…

ポップの王道。

ニューヨークに住んでいた、元郵便局員と元図書館司書の夫婦・ハーブ&ドロシーの、コンテンポラリー・アート(現代美術)のコレクションもなかなかのものであった。自分たちの稼ぎに見合った作品をコツコツと蒐めていた、魅力的なコレクターであった。 やは…

MOT遊び(5) 楽しみはいっぱい。でも、少し考えなくちゃ。

二つ乃至三つの企画展を見終わっても、まだMOTの楽しみはある。 常設展がある。「MOT COLLECTION」である。常設展とは言っても、その都度展示変えが行なわれている。 MOT、4500点の収蔵品を持つ。 今年、年間を通じてのMOT COL…

MOT遊び(4) あそぼー(続き)。

マンガの神様・手塚治虫とマンガの王様・石ノ森章太郎の特別展よりも、「オバケとパンツとお星さま」のあちこち、面白かった。 「オバケとパンツとお星さま」、昨日の続き。 「トラフのオバケ屋敷は”化(ば)かし屋敷”」、という部屋。 ”トラフ”って何なんだ…

MOT遊び(3) あそぼー。

石田宏の出版記念会があったり、先輩方のグループ展があったりで、「MOT遊び」途中であったが、あと少し続ける。 この夏のMOTの企画展の中、これが一番面白かった。 「オバケとパンツとお星さま」。こどものみなさんが好きそうなテーマであるそうな。 …

ゆとり、ゆったり風景画。

昨日の石田宏は、学生時代の同じサークル仲間。美術研究会、通称美研(ビケン)。但し、同じビケンであってもそのOB、前後10年ぐらいで集まるグループが異なる。大きな学校なので、何やかや。 今週初めから、私たちの上の世代のグループ展が催されている…

品川駅高輪口前居酒屋での出版記念会。

昨日、久しぶりで品川へ降りた。 品川駅、こんなに大きな駅だったかな、というくらいにデカい。新幹線の始発駅でもあるんだから、そうかもしれないが。高輪口で待ち合わせ、すぐ近くのビル地下の居酒屋へ。 毎日スケッチ、居酒屋スケッチの名手・石田宏の出…

MOT遊び(2) 神様と王様。

<いまや世界的な文化として成長したマンガ。その地位が確立したのは、マンガの可能性を大きく広げた”マンガの神様”手塚治虫と、それに呼応しマンガを育て上げていった”マンガの王様”石ノ森章太郎の存在があったからです>、と「手塚治虫×石ノ森章太郎 マン…

MOT遊び(1) フランシス・アリス。

5月にフランシス・アリスについて記した。第1期のメキシコ編のことを。 この夏、第2期のジブラルタル海峡編が催された。会場は、やはりMOT・東京都現代美術館。 MOTの企画展、いつも二つか三つ重ねて催されている。 この夏は、この三つ。 先ずはフ…

和字。

東アジアの国にとって、中国って国は何となく重苦しいよね。鬱陶しいって言ってもいいかもしれない。 いや、尖閣がどうこう、といったことばかりじゃなく昔から。日本とか、朝鮮とか、琉球とかっていったところにとっては。 しかし、それも仕様がないといえ…

二科、そして、六本木。

毎年8月、暑い日が続いている頃、久保寺洋子からの手紙が届く。一筆箋に記された文面は、毎年ほぼ同じ。 <毎日、暑い日が続いておりますが、・・・・・。又、二科の季節が参りました。よろしかったら、おさそいあわせて、おでかけ下さい>、というもの。チ…