モンパルナスの灯。

ここ数日、この10日ほどの間に見に行った展覧会の模様を何回か記したが、暫らくの間映画のことごとにしようと思っている。
山田洋二の『男はつらいよ 50』からクロード・ルルーシュの53年後の『男と女』となり、なんとー、ポン・ジュノが『パラサイト』で英語以外の映画で初のアカデミー作品賞を取ったのでそれに触れた。そこに戻る。
53年前のルルーシュの『男と女』そして53年後のルルーシュの『男と女』、何と言ってもアヌーク・エーメであった。
そのアヌーク・エーメが出ている作品をあとひとつ繋げたい。
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『モンパルナスの灯』、1958年の作品である。
キネマ旬報のシアター、古いものも時折り掛ける。50何年ぶりにまた見た。
ただ古い作品の場合、困ることがある。ポスターもなければチラシもない。小さな紙片が貼ってあるのみ。ボーとした。
話自体はよく知られたものである。モディリアーニとジャンヌの物語。パリ、モンパルナスでの。
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監督はジャック・ベッケル。アメデオ・モディリアーニにはジェラール・フィリップ、ジャンヌ・エピュテルヌにはアヌーク・エーメが扮する。
リノ・バンチュラの名がある。懐かしい。フランス映画には度々敵役として登場した。この映画でも、モディリアーニの才能は認めながら、彼がそう遠くない頃に死ぬことを予期し、死を知った後すぐにモディリアーニのアトリエに行き、次々に作品を安値で持ち去る男を演じている。敵役の面目躍如。
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アメデオ・モディリアーニ、1884年にイタリアで生まれている。1906年、パリへ出る。
この頃、世界のあちこちから若い絵描きがパリへ来た。
マルク・シャガールがロシアから、モイズ・キスリングがポーランドから、シャイム・スーティンがベラルーシから、ディエゴ・リベラがメキシコから、そして藤田嗣治も日本から。エコール・ド・パリの画家たちである。みな似通った年回りである。
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ジェラール・フィリップ、フランスの二枚目の一典型である。私はジャン・マレーやアラン・ドロンの方が美形だと思うが、ジェラール・フィリップも美しいと言われた。これぞ二枚目と。
アメデオ・モディリアーニに相応しい。モディリアーニも優男で女にモテた。
『男と女』のジャン・ルイも、「オレは顔がいいのでよくモテた」と言っているが、優男、二枚目はよくモテる。困ったものだが。
次々と女のいるアメデオ・モディリアーニ、酒を浴びるほど飲む。不摂生で結核になる。そのような時、ジャンヌ・エピュテルヌが現れる。ジャンヌはまだ19歳の画学生。恋に落ちる二人。
ジャンヌには、アヌーク・エーメ。いや、美しい。
アメデオ・モディリアーニは1920年、36歳で死ぬ。その2日後、ジャンヌも身を投げて死ぬ。
ジェラール・フィリップも1959年、同く36歳で死ぬ。
美男美女は早世が似つかわしい。
が、アヌーク・エーメは、90歳近くなった今も健在である。不思議。

朝鮮王朝。

『日本書紀』が成立した1300年前、朝鮮半島では高句麗、百済、新羅の三国時代であった。ごく大雑把に言えば、次いで10世紀ごろから高麗時代、そして14世紀末からが李氏朝鮮の朝鮮王朝である。
地政学的に言い、すべての王朝がその時々の中国王朝の冊封体制に組みこまれていた。何しろすぐ隣が、その折々の強大な中華帝国なのだから。高句麗、百済、新羅の三国時代、西暦紀元前に始まっている。それから2000年近く中国の朝貢国であった。そして1910年、日本に併合されてしまう。
朝鮮に限らないが、中国の周りの国々はみな、中国から「お前たちはみな、オレの子分だ」、という扱いを受けてきた。冊封体制というもの、親分子分の関係であるから。さらに朝鮮は、明治維新後の富国強兵策で乱暴な国となった日本から、子分どころか併合されてしまう。朝鮮併合である。
他国を併合するなんて、理不尽なことこの上ない。
日本の朝鮮併合は100年以上前である。しかし、今、この現代にも理不尽な併合は行われている。その最たるものは、ロシアによるクリミア併合。プーチンの行ない、理不尽この上ない。
安倍晋三はプーチンのお友だちなんて言っているが、いかに「ねー、ウラジミール」なんて言っても、プーチンが北方四島を返すことなどありえないであろう。国家、領土というもの、そういうもの。
少し横道に逸れてしまった。朝鮮王朝に戻ろう。
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「出雲と大和」展を見た後本館への通路の途中に、いつも小規模な特集を組む部屋がある。
今は、こういう特集である。
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朝鮮王朝、李氏朝鮮のことごとである。
李氏朝鮮、もちろん中華帝国の冊封体制のもとにあった。宮殿も中国の宮殿に似せていた。
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ソウルに何度か行ったことがある。景福宮にも行っている。ソウルの宮殿、北京の故宮に較べ規模は小さいが、優美である。
李氏朝鮮、朝鮮王朝の時代、柔らかく優美な感を持つ。
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屏風。
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中央を拡大。
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このようなもの。
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これ・・・
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法典である。
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文字を見るため近寄る。
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こういう服、好きである。
エレガント・優美である。
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右は文官の、左は武官の。
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女性の服は鮮やかである。
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右側の服はこのような。
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左側の服はこのような。
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朝鮮王朝の指導層、両班である。
文房四宝は欠かせない。
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こう。
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こう。
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これは・・・
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こういうものであるが・・・
尾久彰三のことを思いだした。
20年以上前、日本民芸館の学芸員であった尾久彰三、韓国へ民芸品を買いに行った。そのことを思い出し、「流山子雑録」を繰っていると、2011年に尾久彰三と樹木希林が手に手を取ってあちこちの古道具屋を巡っているNHKの番組に行きあった。
これはとても面白い。私も2度にわたり記している。
東博、やはり面白い。


東博、今620円である常設展料金を4月1日から1000円に値上げするそうだ。賛否両論がある。
上げていいんじゃないか。東博のあちこちが1000円で見られるんだから。李氏朝鮮の優美な品が見られたり、北斎や広重が見られたり、遥かな昔の埴輪などと会わせてくれるのだから。
大英博物館は入場無料である。が、ルーブルやメトロポリタンは入場料を取っている。日本円で2000円強の。いいんじゃないか。東博も1000円程度取っても。
私は40年以上前から東博の会員となっている。初めは確か、年間会費1000円で常設展は見放題、企画展は年間6回、というものであった。何度か料金改定があった。今は、年間会費5000円で常設展は同じであるが企画展は年4回となっている。
まあ、それでもいいよ。

出雲と大和 幽と顕。

若い頃から何度も病院や医者の世話になりながらまだ生きている私が言うのもナンなんだが、日本は本当に老人で溢れている。ウイークデーだというのに、東博には年寄りがいっぱい。
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3、4日前の東博正門前。
日本の はじまり、 ここにあり、の惹句。
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出雲と大和展。、
平成館内の垂れ幕。
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今年・令和2年は、舎人親王(676~735)が中心となって編纂し、養老4年(720年)、元正天皇へ奏上された『日本書紀』成立から1300年となるそうだ。
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こういう主催者の挨拶がある。
出雲と大和、国譲りによって、出雲大社に鎮座するオオクニヌシは「幽」、つまり祭祀の世界、大和の地における天皇は「顕」、つまり現実の政治の世界、と記されている。つまり、出雲と大和、国譲りによって住み分けてきた、と。
しかし、二つの勢力が拮抗する場合、そう簡単に住み分けるなんて平和な解決はない。古今東西、何処の世界でも。
神話の世界とはいえ、大和王権、大和政権の成立はそんなに容易いことではなかったであろう。
葦原中国の大国主命、高天原の天照大神との権力争いに敗れたものとみえる。で、大和王権が確立され、今に続く天皇家となる。
大和朝廷がからむ問題である。で、主催者は出雲と大和を「幽」と「顕」というオブラートに包んだ文字で表わしたのではなかろうか。
今までにも何度か記しましたが、私のブログはタイトル通りの雑録で、史実や学術的な根拠にはまったく基づいておりませんので、そのおつもりで。ただ思いつくままにキーを打っているものですので。
なお、本展の音声ガイドは橋爪功であった。さすが年の功、それなりであったがそれよりも、橋爪が「幽と顕」と言う度に、「顕」が「剣」と聞こえてしまった。政権を確立するには、軍事力つまり「剣」が不可欠であったであろうから。
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出雲大社には、高さが48メートルに達する巨大な本殿があった。1/10の縮尺模型は、2012年11月の「流山子雑録」でも触れているが、今回も展示されていた。
これは「宇豆柱」と呼ばれる柱である。
このような巨大な柱を3本括りつけ1本とし、巨大な本殿を支える柱としていたそうだ。
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出雲市荒神谷遺跡出土の銅剣、銅鐸、銅矛。
弥生時代、紀元前2~紀元前1世紀。
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松江市平所遺跡出土の「見返りの鹿」と呼ばれる埴輪。
古墳時代、5~6世紀。
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奈良県天理市黒塚古墳出土の「画文帯神獣鏡・三角縁神獣鏡」。
古墳時代、3世紀。
王権の鏡、権威の象徴である。やや時代が下ると、大和王権、地方豪族へ鏡を与えていたそうだ。
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会場内、撮影が許されている所が2か所あった。
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加茂岩合遺跡、銅鐸埋納状況の復元模型。
これを撮っていたら、同年配のじいさんに「あなた、撮影は禁止ですよ」と言われた。
「ここは撮っていいと書いてありますよ、ここに」と言って・・・
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これを指さした。
そのじいさん、これを暫らく眺めていたが、「どうも失礼しました」と言って歩いていった。
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あと一か所カメラが許されていたのは、ここである。
2年少し前、東京藝大の創立130年記念として、藝大美術館で「素心伝心」と題する展覧会が催された。藝大が取組んでいるクローン復元の成果が展示されていた。焼失した法隆寺金堂壁画のクローン復元が展示されていたが、藝大が自慢するだけあってなかなかのものであった。
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今回の展示はそれとは異なる。
焼失した法隆寺金堂の壁画そのままの状態を復元したもの。
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このように。
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焼けて炭化した柱もそのまま。リアリスティック。
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白と黒となった仏たち。
敦煌の莫高窟にもこのような仏がいたような気がする。
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美しい。
得も言えず。


会場内、終わりの方に一か所のみ休むイスがあった。
東博に限ったことではないが、もっと会場内に休むイスを設けてもらいたいな。足腰が悪くなり、切実にそう思う。


新型コロナウイルス、広がりを続けている。
東京で沖縄で和歌山で・・・で、と。
それより、横浜に停泊中の大型クルーズ船から毎日、何十人という人が感染、というニュースが続いている。
大本の中国本土の拡大はそれとして、日本の横浜がどうこうということが言われ始めている。何しろ毎日、横浜のクルーズ船から何十人という人が感染者となるのだから。
業を煮やしたアメリカはチャーター機を飛ばして自国民を連れ帰る、とした。横浜から米軍基地までは自衛隊の車両で運ぶらしい。
カナダ、オーストラリア、香港、台湾もチャーター機を飛ばすらしい。その度に自衛隊の車両が出動するのかな。アメリカにはやって他の国にはやらないってことにはいかないであろう。
アメリカばかりじゃなくロシアその他あちこちの国が、日本の対応を非難している。日本政府の対応もあろうが、日本は貧乏神を押しつけられたようなものだ。
この春、国賓として来日する習近平には、キチンとした落とし前をつけてもらわなければならないであろう。

メリーオルゴールと歯ブラシ。

NAU21世紀美術連立展、新槐樹社展と同じ日時で同じ国立新美術館で開かれる。
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歯ブラシのアーティスト・丸山恵美子から連絡があり、見に行った。行くのは3回目だが、いつも不思議な展覧会だなと思う。
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色々なものがある。平面や立体が。入場は無料。
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昨年のNAU展で奨励賞を取った作家には、ある程度のスペースが与えられる。個展スペースとして。
この作品は・・・
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こういうもの。
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このスペースも昨年の奨励賞を取ったタシロサトミの・・・
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こういう作品。
≪relationship #31≫。
#31から#36まであったように思う。
まだ昨年奨励賞を取った作家の個展スペースがあったが、いきなり丸山恵美子とバッタリ会った。
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「貴女の作品はどこに?」って訊いて、ここに来た。
小さなおもちゃ、あのぐるぐると回るメリーゴーラウンドのようなものがある。その下に歯ブラシが。
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今回作のタイトルはこう。
≪回る惑星の上で回る≫。
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丸山恵美子の作品、観客参加型の作品である。見る人とのコラボで成り立つ作品である。
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この赤いポッチを押すと小さなベビーメリーが回る。
留められた紙片には、「ザーザー」とか「シャカシャカ」とか「つぶつぶ」とか「ドロドロ」とか「もそもそ」とかと書かれている。
ついている小さなオルゴールから歌が流れる、「ジングルベル ジングルベル」とか「きーよし こーのよる」とかの歌が。「クリスマスソングが入っているの?」って訊いたら、「いや、そうじゃない曲も入ってます。全部で35曲入っているので」、と作家の丸山恵美子は言う。
音が出て動くので、さまざまな人が寄ってくる。この人たちはどうしてNAU展に来ているのだろう、と思われる場違いなおばさんたちのグループも寄ってきた。「この人がこれを作った作家ですよ。ヘンというか、面白いでしょう」、とおばさんたちに話す。
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「そこに歯ブラシがあるでしょう。この人は歯ブラシのアーティストなんです」、と私。
丸山恵美子の作品を見るようになってまだ日が浅い。昨年のNAU展では、歯ブラシがバス停のベンチに座っていた。<言葉を待ちながら>。それ以前には、歯ブラシがベッドで寝ていた。「起こしてくれ」、と言って。今回の歯ブラシは、苔の生えた上のパイプいすに座っている。メリーオルゴールから流れる歌を聴きながら。
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いろいろな人が寄ってきたが、この二人は長い時間いた。20分以上30分近く。「面白い」、と言って。
左の男はインド人。真ん中の女性はドイツ人。右は作家の丸山恵美子。ブログをやっているのでそこに、と言って撮らせてもらった。彼らも私の写真を撮っていった。インドやドイツのSNSに載るのかも。日本のヘンなじいさんとして。
若いインド人もドイツ人も気持ちのいい二人であった。何しろよく笑った。

10度目の新槐樹社展。

10年か。10年になるな。新槐樹社展へ行くこと、10度目となった。
年が明け1月中旬から下旬にかけての頃、光田節子からの封書が届いた。新槐樹社展のチケットと共に、典雅な便箋に万年筆で記された手紙が入っている。
<・・・。又一年。試行錯誤で続けてきた絵を昨日東京へ送り出しました。・・・>、と記されている。
この1月下旬から今月初めにかけて案内をいただいていた個展やグループ展が幾つかあった。が、出るのが億劫でいずれも失礼した。しかし、2月中旬の新槐樹社展の光田節子の作品だけは見に行かなければならない。そう思いこんでいる。
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国立新美術館での第64回新槐樹社展。
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去年の光田節子、会員賞を取っていたなと思い何気なく今年の受賞者を見ていると、アレッ、光田節子、今年も受賞している。奨励賞を。
新槐樹社展も出展者は多い。2年続けての受賞なんてあるのか、との思いがある。
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あれだな。光田節子の作品が見えてくる。
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近づいていく。心して。
<・・・。何を描きたいのかと改めて考えてみますと、私の中では唯々美しい色の表現が出来るように、という思いしかないことに改めて気付かされて居ります。・・・>、と先般の光田節子の書状にある。
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光田節子の今回の作品。
(右)は、≪私の山 ’19 -Ⅰ-≫。(左)は、≪私の山 ’19 ーⅡ-≫。
「私の山」を追い続けること、10年変わらず。
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≪私の山 ’19 -Ⅰ-≫。
奨励賞の札が。
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昨年、会員賞を取った光田節子、準委員に推挙されていた。しかし、その後で頂戴した手紙の中にこういう一節があった、
<・・・。準委員推挙にはおどろきました。うれしくないといえば嘘になりますが、推挙は受けないことにしました。今のままで今しばらく研鑽を重ねたいと思っています。・・・>、との。
光田節子、日々勉強を積んでいる。
私から光田節子へはeーメイルを出しているが、光田節子から私へは手紙が来る。3年前の手紙に確かこのような一節があった。やや朧げではあるが、「私も80を過ぎたが、絵を極めるにはあと50年はかかる」、との。そのニュアンスは少し異なるが、北斎じゃないかと思うことがある。
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光田節子、透明水彩で描いている。が、手紙の中にはマチエールのことがよく出てくる。
<油絵では・・・。だが透明水彩には・・・。思い切って和紙を使ってみました。・・・>。
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<無作為に薄い和紙を手で裂いて・・・絵の上に置き、更に絵具を重ねたのです。・・・>、とある時の光田節子の文面。
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<和紙は思わぬ効果を生みました。・・・>。
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<・・・。透明水彩を塗り重ねると濁ってしまいます。和紙は下の絵具と交じるのを防いでくれました。・・・。和紙の色が加わり・・・>、と記された書状もある。
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≪私の山 ’19 -Ⅱ-≫。
光田節子、若くしてご亭主(私の縁戚の中では最も頭の良かった男。地球物理学者であった)を亡くした。それから後、法事の席で絵を描いているという話を聞いた。「お好きな作家は?」と訊いたのに対し、「マーク・ロスコ」という答えが返ってきたのにビックリした。数年前の手紙には、<子供も孫もいない私にとって、前に向かって歩くために選んだのが最も不得手な絵でした。・・・>、とある。で、マーク・ロスコ命となった。私の表現、下世話に過ぎるが、「ロスコ命」。
実は私もマーク・ロスコが好き。光田節子には叶わないが。
昨年、久しぶりに佐倉へ行き、DIC川村記念美術館の「ロスコルーム」に身を置いてきた。変型菱形のロスコルームの中央、革張りの低いスツールに座り、ロスコの「シーグラム壁画」7点を眺めていた。人によっては祈っているような人もいるが、私はそこまではにはならない。しかし、素晴らしい空間である。テート・モダーンやワシントンのロスコルームと共に、パリ、オランジュリー美術館のモネの「睡蓮の間」と比べることができるものであろう。
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光田節子の手紙、いつもロスコ愛に溢れている。
<私はやはり、ロスコが好きだと思いました>。
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<しかし私はロスコではないのです。ロスコに近づきたいとは思いますが、才能もキャリアも全く異なる私ですから、ロスコのような絵に到るまでには遠い道を歩むことが必要です。・・・>、と光田節子。
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<恐らくいくら努力してもロスコのようになることは不可能です。・・・>。
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恐らく今年、83、4歳であろう光田節子、10代の少女のような思いの吐露。
日々、年々、美の極みを追い求めている。
この2、3年、何かヘンだな、身体のあちこちおかしくなっってきたな、と思っている私などとは大違い。その創作力、それ以上にその生命力に驚く。
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その近場に首からプレートを下げた人がいた。新槐樹社の関係者だな、と思い声をかけた。賞のことを訊こうと思って。
その人はこう言った。「私は出展者なので、賞のことは分かりません。賞は委員の先生方が決めていますので」、と。そして続けて、「私は60歳を超えてから絵を描きはじめました。ここに出すのも5年目です」、と。さらに続けて、「私の作品がそこにあるんです」、と言う。隣の部屋であった。
この作品である。
風車が描かれている。「ラ・マンチャの男、ドンキホーテですね」、と言ったら、その人はこう答えた。「ヨーロッパのどこそこの、と言いたいところですが、実は近場の風車なんです」、と。
右は、柏の○○公園にある風車だそうだ。左は、佐倉の○○公園にある風車だと言う。共に○○のところは忘れたが、風車の周り、季節毎に花が咲くんです、とその人は言う。
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細野茂紀≪色なき風≫。
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細野茂紀≪風光る≫。
2点ともとても爽やか。明るい。
マーク・ロスコとは対極である。
マーク・ロスコ、1970年、自死した。67歳で。
私のことを思い煩う。間もなく79歳となる。あちこち不具合がある。どうするか。

GROUP表現13 -花ー。

山宣が参加するGROUP表現のⅠ3回展、今年のテーマは「花」。
GROUP表現の作家の皆さま、手練れのベテランばかり、「今年のテーマ」というよりも「今回のお題」という方がピタリとくる。
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歯科 渋井クリニック、渋井ビルの文字が見える。京橋のギャルリーソレイユ、大家さんは歯医者のようだ。
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このグループ展、案外好きである。
単にユニークという言葉では括れない、少し世間一般の感覚とは異なる何人かの人に会った。ギャルリーの女性も優しく快い。
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山宣の作品、あそこにある。
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山宣の作品、5点。いずれも山宣得意の膠彩画。
左から・・・
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≪春の華≫。
春は始まりの季節。青い季節である。その時季の花は、「華」よりは「花」の方がと思うが。余計なことながら。
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≪冬の葉な≫、M、L、S。
いかに葉牡丹・ハボタンとはいえ、山宣、「葉な」ときた。これは山宣の感覚。ウーン、座布団3枚あげて。
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≪時雨の花≫。
紫陽花だと思われるが季節が違うんじゃないか。座布団2枚取りあげて。
この次山宣に会った時には、ぶっ飛ばされるかもしれないな。
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山宣の左隣りは山口亮子の作品。
(左)は、≪春を告げる花≫。(右)は、≪春の日≫。
作家の山口亮子は、私が行った昨日はいなかった。山口さん、昨日はホテル・オークラにいたのかもしれない。
いつか笑っちゃったのだが、山口さん、このグループ展に大阪から新幹線で来るのはいいが、ホテルオークラに泊まっているということに。ホテルオークラとは凄いですね、と言ったことに対する答えが、「素泊まりですので」というものであったので、笑ってしまったことであった。 
それはともあれ、左の作品が面白い。
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この作品である。豪勢に金泥を塗っているように思える。ギャルリー内の人に訊いた。
糸のようなものを使っているそうだ。とても不思議な面白さがある。
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額のガラスが反射するので、斜めから。廣瀬創の作品。
(左)は、≪金盞花≫。(右)は、≪つばき≫。
廣瀬さんに初めて会ったのは、確かリオの前のロンドンでのオリンピックの年であったと思う。
よもやま話でオリンピックの話になった。廣瀬さん、「みんなメダルをどうこう取ってなんてことを言っているが、メダルをそんなに取ってどうするんだ」、と言う。「でも、オリンピックが始まればテレビで見るでしょう」、と言ったらその答えがこうだった。「いや、見ない。テレビは見ない。第一テレビを持っていないんだ」、と言ったので驚いた。「何もすることがないんで、飯を食ったら寝る」、とも言っていた。
昨日、廣瀬さんもいなかったが、オリンピックと聞くと廣瀬さんのことを思いだす。
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五辻節子の作品。油彩。
(左)は、≪君想う≫。(右)は、≪風花≫。その時の
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≪君想う≫を。
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帰り際、出口のところにこの作品があった。
廣瀬創≪きんせんか(青)≫。
手練れの作品と言えば、そうでもあろう。しかし、小品とは言え堂々たる作品である。


昨日、野村克也が死んだ。享年84。
風呂の中で死んでいるのを家政婦が見つけたそうだ。
相撲は見るが、野球はさほど見ない。しかし、気にかかる男はいる。ランダムにあげると、松井秀喜、田中マー君、新庄、張本、そして野村克也ぐらいであろうか。いやー少ししかいないな。
昨年暮れ、NHKのドキュメンタリーで、野村克也が橋田須賀子のところに行く番組が流された。実はその前にも、野村克也は橋田須賀子と話しているそうだが、その時の野村克也、カミさんの沙知代さんを亡くし、しょんぼりとしていたそうだ。で、2回目の対談となった。
その対談でも野村克也の表情は暗かった。橋田須賀子が訊いても、野球の世界で親しいとか友達とかの人はいない、と野村克也は答えていた。どうもサッチー・沙知代さんだけが野村克也の拠り所であったようだ。
私にとって野村克也と言えばこの言葉。
「王長嶋がヒマワリならば、オレは野に咲く月見草」。または、「・・・・・・、オレは夜咲く月見草」、という言葉。
六大学野球のスターであった長嶋、名門・早実の王、プロへ行きスター、さらにはスーパースターとなる。球界の盟主・巨人の。同じころ、野村克也は京都の田舎高校から南海へテスト入団する。まさに向日葵・ヒマワリでなく、月見草である。
が、この言葉、今日の朝日新聞を始め各メディアではこう記されている。
「長嶋や王がヒマワリなら、おれはひっそりと日本海に咲く月見草」、と。
「ひっそりと日本海に」なんて確かにそうではあるが、説明的に過ぎる。それより何より、語呂が良くない。
「おれは野に咲く」でも「おれは夜咲く」でもいいが、やはり語呂がいい方へ。

やったー、ポン・ジュノ。

いやー不思議な映画だな、何と言うか凄い感じがするな、ただ者じゃないなこの監督は、この映画を見ている間中何か特別なものを見ていることを感じていた。
初めは格差問題をついた作品だな、それにしても韓国の格差社会ちょっと露悪に過ぎるんじゃないか、と思っていた。半分地下の家に住んでるなんて、と。父親、母親、それに浪人中の息子と娘。皆失業中、定職がない。内職で食いつないでいる模様。
対極の一家は高台の豪邸に住むIT企業の経営者。こちらも夫婦と高校生の娘と小学生と思われる息子の4人家族。
半地下の家族はキム家。高台の豪邸の家族はパク家。
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ひょっとしてと思っていたが、こりゃやるぞ、取るぞ、と思うようになっていった。
今年のアカデミー賞授賞式、今日、ロスのドルビー・シアターで催された。
今年のアカデミーの作品賞、ノミネート作の中、実質4作品が競り合っている、と報じられていた。マーティン・スコセッシの『アイリッシュマン』、ホアキン・フェニクスの怪演で主演男優賞を取った『ジョーカー』、日本では来週公開される『1917 命をかけた伝令』、それにポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』の4作品。
『アイリッシュマン』も『ジョーカー』もエッジの立った素晴らしい作品であった。オスカーの作品賞を取っておかしくない。しかし、ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』は、単に素晴らしい作品ということとは異なる。異質なんだ。乱暴に言えば大きな作品、と言える。
オスカーの作品賞を取るぞ、という予感があった。
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オスカー作品賞に英語以外の映画がノミネートされることは、極めて稀である。『パラサイト 半地下の家族』、韓国語映画。アジアの映画として作品賞にノミネートされることも初。
その『パラサイト』、オスカーの作品賞を取った。アジア初。やったー、ポン・ジュノ。
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黒い目隠しは、貧乏な半地下の家族・キム家の4人。白い目隠しは、裕福な高台の豪邸に住むパク家の4人。
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ある時、浪人中のキム家の息子・ギウに家庭教師の話が持ちこまれる。豪邸に住むパク家の娘の家庭教師。
状況は違うが、50年以上、60年近く前、夏休みに軽井沢に行く家の家庭教師に雇われ、初めて軽井沢に行ったことを思いだす。半地下に住んではいなかったが、貧乏学生ではあった。それはともかく・・・
ここから物語は次々に進んでいく。
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コメディー、シリアスドラマ、サスペンス、そしてヴァイオレンスドラマ、予測不能の展開となる。
その内、思うのは、何か大きいなということ。
まったく持って根拠はないのだが、フェデリコ・フェリーニを思った。ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』、それほどの作品である。
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カンヌ国際映画祭でパルムドールを取っている。その時の写真であろう。
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今日のアカデミー賞授賞式、ポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』、作品賞ばかりでなく監督賞、脚本賞、それに国際長編映画賞も取った。当然。

『パラサイト 半地下の家族』、今年のアカデミー賞を席巻した。4冠。
韓国は沸いている。文在寅以下国中が。
そうであろう。日本の作品も取れなかったオスカーの作品賞をアジアで初めて、いや英語圏以外で初めて取ったのだから。