流山子雑録     『酔睡胡乱』

早稲田美研60-70第10回展(続き×2)。


どういう加減か分からない。
昨日はいくら試みても記事を書く画面が出てこなかった。諦めて寝た。が、今日は先ほど帰ってきてPCを立ち上げ試みたら、一発で記事を書く画面が現れた。
早稲田美研60-70の第10回展の模様、あと3、4回載せようと思っている。毎日記述できればいいのだが、記述画面が毎日出てくるとは限らない。上手く記述画面が出た日には記載する。残念ながら飛び飛びになるかもしれないが。今日は上手くいった。


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流山子雑録     『酔睡胡乱』

早稲田美研60-70 第10回展(続き)


このブログの運営企業である「はてな」のシステムなどが変わって以来、その方面の能力のない私、あっぷあっぷしている。写真の取りこみに関しても。で、昨日は取りこみ時間が短縮できるであろうと、元の写真のサイズを以前の1/3程度に圧縮した。
と、何たること、ブログに出てきた写真、すべてモヤモヤッとしている。雲か霞の彼方っていう状態。クレヨンかクレパスで手を入れたようなものに。
やりすぎたんだ。サイズを圧縮しすぎたものと思える。
まあ、それはそれで面白いが。
しかし、やり難いぞ、「はてな」。年寄り、老人のことを考えているか?
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早稲田美研60-70 第10回展の今日の文房堂ギャラリー。
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今日昼過ぎに行ったら、久木と関根と京子さんがいた。
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アメリカ、カリフォルニア、パサデナから来た関根、うつらうつらしている。
毎日毎日、何とか蕎麦とか、馬刺しであるとか、今日はくじらを食いに行くと言っていた。アメリカでは食えないんで、と。
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京子さんのことを「先生」と呼ぶ男が来た。
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杉浦京子、心理療法の専門家、その分野の書物も上梓している。
で、先生。
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私の作品なんだが、パス。
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杉浦京子の先生が来た。
地唄と三味線の先生である。京子さん、地唄と三味線を出稽古、つまり先生に来てもらって習っているそうだ。
その先生のカッコよさったら。赤いダウンに洒落た帽子、細身のパンツにピンクのスニーカー。その面貌たるや飛びきりの美形。今の歌舞伎役者の誰それと比べても比較できるのは仁左衛門と海老蔵ぐらいじゃないか。後姿であるが、そういう美形。
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私にも美形が来てくれた。
大学の学部の同級生。生まれついてのお嬢さん。今まで働いたことがない。毎月、歌舞伎と文楽を、という日常を送っている。
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いろいろあって、この二人は・・・
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高橋と以前高橋の会社にいたという女性、飲みに行ってしまった。

流山子雑録     『酔睡胡乱』

早稲田美研60-70 第10回展。


20年ほど前、学生時代からの仲間4、5人が時折り集まっては飲んでいた。
ある時、「俺たち、学生時代は美研に入っていたのだから、ただ飲んでいるばかりじゃ能がない、展覧会でもしようじゃないか」、となった。で、2001年、「早稲田美研60-70」の第1回展が青山の始弘画廊で催された。仲間内で絵筆一本で食ってきた唯一の男・島谷晃の手配であった。その島谷も幽明境を異として久しくなる。
第2回以降は美術評論家・早見堯(本名・吉岡和夫)の手配で、神田駿河台下の文房堂ギャラリーで催されている。第1回展から3年後であったが、その後2年後となり、さらに1年半と間隔をつめてきた。3、4年に一人、ポツリポツリと仲間が旅立っていくからである。
ところで、「早稲田美研60-70」の「60-70」にはこだわりがある。
早稲田大学の美術研究会、通称「美研」というサークルに1960年から70年の間に在籍していた連中である。今、80代の人が多くなった私たちの先輩のグループもある。後輩たちの集まりもあるようだ。が、私たちのグループはあくまでも60-70。5、60年前のサークル仲間。私も含め後期高齢者とその予備軍で構成されている。
その第10回展が昨日から催されている。
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駿河台下、すずらん通りの文房堂ギャラリー。
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昨日4時前後、オープニングパーティーが始まった。
今回の幹事の一人である久木、「来ている人が少し少ないな」、と言う。
たしかにそうだ。
いつも何だかんだ来ている久保寺の二科関係の人がいない。石田が入院中なので、あの酔っぱらいの名物おばさんやその他の人たちもいない。杉浦夫婦のお孫さんもいない。杉浦京子さんに訊くと、もう大きくなって自分の世界に行っているそうだ。
だんだんそうなっていくんだ。
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杉浦がいる山岸がいる。植松、後藤、犬飼、瀬尾の顔が見える。
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机の上、ケータリングで取ったものなどが並ぶ。
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左から植松、後藤、吉岡、山宣の弟。
山宣の弟に久しぶりで会った。第何回展であったか忘れたが、私たちのこの展覧会に銀座のクラブのママを連れてきた男である。山宣の弟とその話をした。その銀座のクラブのママ、先年死んだそうだ。偲ぶ会を行なった、と言う。70とのことであった。「早稲田美研60-70」展に彩を与えてくれたひと時であった。
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高齢者ばかりだな。
若い連中はひとりもいない。
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右手は急逝した伊藤の遺作。
伊藤の遺作については、改めて述べる。
向こうにいるのは鬼原。
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左から吉岡、高橋、小澤、鬼原の4人。
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久木と山宣。
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仲間の杉浦京子とそのお友達である奈良さん。
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左から犬飼、後藤、そして山宣の後頭部。
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榊原も今回展の幹事のひとりなんだが、もっぱら飲んでいる。
左は杉浦京子と鬼原。
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左から関根(アメリカから飛んできた)、久木、高橋、小澤。
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久保寺とその友。
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山宣、あちこちに出てくる。何でもかんでも出るのが好きな男なんだ。
山宣と奈良さん。
山宣、奈良さんからもらった津軽のリンゴジャムを握っている。
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奈良さんと奥。
テーブルの上に津軽のリンゴジャムがある。
奈良さん、今回の美研60-70展出品者の全員に津軽のリンゴジャムをプレゼントしてくれた。
嫋やかな女性である奈良さん、ジャムのビンを20個も、文房堂まで持ってくるのは大変だったろうと思うことしきり。
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こちらから。
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さらに引いてこちらから。
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このお二人は誰の知り合いだったかキャラが立っていた。特に男性。
蝶ネクタイにパッチワークをほどこしたような帽子。
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皆が飲んでワイワイと騒いでいる間、バックヤードではこのような光景があった。
幹事として今回展を引っぱってきた高橋が、ゴミを分別していた。燃えるゴミと燃えないゴミ、ビールの缶など、と。
何と言えばいいのか。「高橋、やりすぎだよ」、と思うのであるが。ホント。
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オープニングパーティーが始まって2時間以上が過ぎた。
高橋、クロージングの準備に入っている。

流山子雑録     『酔睡胡乱』

GROUP表現ー12-山展。


日本表現派、団体展のほかにさまざまなグループ展を持っている模様。山宣が加わっているものも幾つかある。
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今月初めの京橋、ギャルリーソレイユ。
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入る。山宣たちがいた。
今回のお題は「山」。
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山宣・山本宣史≪駿河富士≫。
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山宣・山本宣史≪浅間≫。
浅間山は何度も見ている。たしかに富士山のように尖がった山ではなく、山宣が描くこの作品のように横に広がったような山だな。それにしてもこの作品の山宣の色づかい、洒落ている。作家名を見なければ山宣とは気づかなかったであろう。オッシャレー。
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廣瀬さんがいた。
いつか、いつのどこのオリンピックの時だったか忘れたが、オリンピックの話をしていたら、「オリンピックでメダルがどうこうなんてつまらない話を皆している」と言う人がいた。「オリンピックのテレビ見ていないんですか?」と訊いたら、「見ていない。第一テレビがない。テレビなんかやめちゃた」、と言う。それが廣瀬さんだった。
この10日ほど前にも、「テレビはやはり見てないんですか?」って訊いたら、「そうです」と言う。夕飯を食ったらすることがないんで寝るそうだ。
上の3点、その廣瀬さんの作品。
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廣瀬創≪筑波山(下妻より)≫。
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廣瀬創の作品2点。
(左)は≪太陽、富士≫。(右)は≪太陽、月、富士≫。
私如きが言うのも何なんだが、廣瀬創の作品、味がある。「日月」揃った富士を見ても。
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ギャラリーの女主人が「このグループでは若手の作家で」、と言ってこの作家を紹介してくれた。たしかに山宣や廣瀬さんよりははるかに若い。その作品、富士山のようだ。「山宣や廣瀬さんの作品をブログに載せるつもりだが、あなたの作品も載せていいですか」、と訊いた。「どうぞよろしく」、と返ってきた。「富士山ですか?」って訊いたら、そうであるそうだ。
田中浩之≪駅前より≫。
駅前って、たしか御殿場と言っていたような気がするのだが、富士山は新幹線の窓からの富士山しか知らない私、はなはだ心もとない。
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田中浩之≪ハイウェイより≫。
何十年も前、まだ自ら運転をしていた頃、東名高速は何度も走った。が、このような光景があったかどうか記憶はない。東名ではなく別のハイウェイなのかもしれない。
いずれにしろ夕刻の光景である。夕焼け雲の下の富士山、美しい。
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山口亮子≪生駒山の夕焼≫。
山宣が「この人、知っているでしょう」、と言う。「今日は来ていませんが」、と。
思いだした。展覧会のある折り、大阪から新幹線で来て、ホテル・オークラへ泊まっている人だ。いつか、「ホテル・オークラへ泊まっているなんて凄いですね」、と言ったら、「いえ、素泊まりですので」、と返ってきたので笑ってしまった。
「素泊まり」って、昔なら駅前の木賃宿、今なら駅近くのビジネスホテルへ泊まるってことが、まあ普通。それが最高級ホテルのホテル・オークラであると言うのだから。その時には笑っちゃった。
それはそうと、「生駒山」ってのは大阪と奈良の間のなだらかな山である。
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山宣と話したり、廣瀬さんと話したり、田中さんとも話したりしていたので、ひとつコロッと忘れていたことがあった。先ほど気がついた。
山宣の今回展の目玉作の写真を撮るのを忘れていた。
今回展の案内ハガキにも刷られているこの作品を。
山宣の作家としての「力」、パワー」、「表現力」、さらに「説得力」、ここ1、2年、年々増している。
このハガキの作品を見ても。

流山子雑録     『酔睡胡乱』

第17回NAU21世紀美術連立展。


新槐樹社展と同時期開催の「NAU21世紀美術連立展」を見る。
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NAU、ネオダダの吉村益信などが2001年に、前身のAU(Artist Union)を改組したものだそうだ。入場無料。何とも不思議な展覧会である。
昨年は犬飼三千子の作品を見にいった。今年は丸山恵美子の作品を見にいった。
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細かい雪の舞う日、去年に比べ人は少なかった。
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5号室。丸山恵美子の作品はここにある。
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正面のこれだ。
タイトルは、≪言葉を待ちながら≫。
後ろの子供の画板のようなものに「はるを待つ」って書いてある。
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このようなことが記されている。
「あなたの言葉の力で」、と。
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私は、「はるを待つ」の文言を消し、「わたしも丸山でーすって・・・・・」と書いた。昨年秋、銀座奥野ビルの5階に丸山則夫さんを訪ねた折り、丸山則夫さんはおらず、その2、3軒先の部屋から丸山恵美子がこう言って飛び出してきた。その時の言葉を。ハブラシの作家がいることを初めて知った瞬間であった。
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しかし、今回も私の言葉の力は力足らずで、ベンチに座るハブラシはピクリとも動かなかった。
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その少し先にこのような作品があった。
この真ん中の作品は昨年見ている。この雑ブログでも紹介した。
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昨年、奨励賞を取った作家は、小さいながら仕切った一画を与えられ、「NAU企画個展」が催されるようだ。
相馬亮もそのひとり。
「モノトーンの部分は鉛筆による手描きです」、と記されている。
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ここ。
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中央部が鉛筆による手描き部分。
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タイトルは・・・
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これも。
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このような。
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その隣にこのような。
描いたのかな、写真かな、と思った。
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松本泉のNAU企画個展。
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作家の松本泉がいた。この右端の人。
松本泉さん、来る人に丁寧に説明してくれる。
通常、写真というものは焦点が一か所に集まっている。そのさまざまなところに焦点が集まっている多くの写真を合成する。そうするとどこもかしこもすべて焦点が合った写真ができあがる、ということのようだ。私には理解の範囲を超えるところがある。が、多焦点合成による写真であるようだ。
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如何に精巧であるかということを現そうとして少し間違えた。取りこみ過程で加減を間違えてしまった。作家の松本さんには申しわけない。
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「ご自由にご覧ください」というこの書、オンデマンドで4部作ったと作家・松本泉は言う。
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「こんなきれいな書、コレクトしようという人がいるでしょう」、と作家・松本泉に言うと、「いや、今のところいないんです。残念ながら」、という言葉が返ってきた。今、現役世代の奮起を待つよ。
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「日月」、書か絵か。
NAUらしい作品である。
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黒い作品の中へ入った。

流山子雑録     『酔睡胡乱』

光田節子の験力。


新槐樹社展で光田節子の作品を観るようになって9年となる。
毎年、テーマ、そしてタイトルは「山」。短いサブタイトルは毎年変わる。終始一貫突きつめている。まったくぶれない。何しろ、富士山の稜線を取っ払ちゃった、と言うのだから。それを聞いた時には驚いた。
そんなことは、北斎も、広重も、鉄斎も、大観も、梅原も、その他日本を代表する絵描きの誰ひとり思いもつかなかったことであるから。富士山に代表される「山」を面と色彩で追及していく。以前、「求道者」と評したことがある。が、昨年ついに私が音をあげた。「毎年毎年、どう違うのだ」、というようなことを記した。言うまでもなく私の眼が節穴であったんだ。
今年もその季節が来た。光田節子からチケットが送られてきた。
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2月初めの東京、細かい雪が降っていた。
地下鉄乃木坂から国立新美術館への木の通路にもうっすらと。
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第63回新槐樹社展。
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今までは見たことはなかったのだが、どういうことか入口近くの受賞者一覧を見た。会員賞のところに光田節子の名があった。別の掲示物には、会員である光田節子が準委員に推挙されていた。おめでたい。
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寒く雪空の日であったから、来ている人はほとんどいない。
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光田節子の作品が見えてきた。
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今年の作品は、これだ。
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<身の苦によって心乱れざれば証果おのずから至る>。(田中利典著『よく生き、よく死ぬための仏教入門 「神仏和合」の修験道ならではの智慧』 扶桑社新書 2018年刊)。
続けて、修験道の僧・田中利典はこう記す。<これは役行者が遺されたとする聖句のひとつですが、体に苦痛があっても心が乱れなければ、悟りはおのずから得られるという意味で、・・・>、と続ける。つまり、ぶれなければってことであろう。光田節子の姿勢とどこか繋がる。
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今年の「私の山」、どこか光ってる。
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これ。
会員賞受賞の「なつ」。
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そのマティエール。
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おそらく和紙が使われている。
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「私の山」の「はる」。
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中へ。
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中へ。
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斜めから。
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斜めから。
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ところで、今回初めて気づいたことがある。
新槐樹社展、多くの作家が出展しているが、朱色のサインと言うか落款があるのは光田節子以外いなかった。
ただなんて記されているのかは、分からない。7、8年前までは黒い色でサインが記されていた。「節子」の「節」と。だから、この朱色も「節」であろう。
ところで、最初に記した「験力」である。
前掲書の田中利典、こう記している。
<修験者は山中に分け入り、山を駆け、あるいは山にこもって、・・・・・、まさに死と隣り合わせの厳しい修行を通して、験力(功徳のしるしが現れること)や自己の高まりを得るのです>、と。
光田節子の「験力」である。


ところで、この26日から3月初めにかけ光田節子、地元京都で個展を開く。
タイトルはもちろん「-私の山ー」。
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関西にお住まいのお方は、ぜひどうぞ。
それにしても京都の地名、長くて書くのは面倒だがその響きは何とも言えないな。
「河原町丸太町」なんて。

流山子雑録     『酔睡胡乱』

丸山則夫 季節の瞬間展。



「はてな」のシステムが変わり、どうも上手くいかない。
実は昨日、技術者に来てもらい懸案であった古い「はてなダイアリー」を、新しい「はてなブログ」の方へインポート(移行)してもらった。以前と形態は異なるが、2500回余の記述、あれよあれよという間に移ってきた。「流山子雑録」で検索しても出てくるようになった。
これで「流山子雑録」が急に更新されなくなったな、ヒョッとして「流山子」という男、死んじゃったんじゃないかな、と思っていたであろう人たちの何分の一かの人は戻ってきてくれるのじゃないかな、と考えている。
しかし、技術者が帰った後、夜、ブログを書こうとしたらブログ自体が出てこなくなった。時間をおいて何度試みても。何らかの構造的問題があるのであろうが、とても疲れる。このブログ、10年近く前ボケ防止のために始めたが、今の状況、精神衛生上すこぶるよくない。このような状態ならそろそろ打ち切ろうか、と考えている。イライラするのがボケ防止にかえって役立つのかな、とも考えないではないが。
今日は、どういうワケか出てきた。が、写真の取りこみなどべらぼうに時間がかかることがある。いいかげんにしろってくらい。いずれにせよあと何日か、「何時とは言えませんが、近々載せます」と言った人がいるのでそこまでは、と考えている。
そのひとり、丸山則夫の写真展を。


昨年の秋、私は丸山さんを探していた。丸山則夫さんは銀座奥野ビルの501号室からどこへ行ってしまったのだろう、と。年末に分かった。神楽坂のギャラリーで展覧会をやっていた。訪れた。
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神楽坂のギャラリー・五感肆パレアナ。
丸山さんらしい看板だ。
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入る。
丸山さんがいた。ほんわかとした奥さんと一緒に。
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写真家・丸山則夫、毎日、夜明け前に歩いている。
初めて会った時、写真を撮るのはその時だけ、と聞いた。驚いた。
なお、「風太」とは丸山則夫の筆名。「ふり」としている「風」に因んでいる模様。
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丸山則夫、夜明け前の一瞬を切り取る。
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作家・丸山則夫の言葉。<季節は四季の螺旋階段>。
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<季節の中へ>。
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南瓜、カボチャだな。
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何気なさを切り取っている。
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言葉などない方がいいな。
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板の壁ってなかなか見なくなったな。
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こちらの壁面。
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<闇のひかりは内に入り、世界の外面を取り払う>。
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丸山則夫の言葉をそのまま記すと、<ただ求は、今の瞬間>。
儚げなもみじ葉を和紙に漉き込んだよう。
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こちら。
さまざまな写真で構成している。
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このように。
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丸山則夫の作品集が並ぶ。
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ここ数年、本を買うことをしなくなったが、一番小さなものを求めた。
オンデマンド出版、数日後には家に届いた。
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「丸山さん、久しぶりで写真を撮らせてください」、と言ったらここへ立ってくれた。
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端の方にこういうものがあった。針金をひねったようなものが木の棚に乗っている。
丸山さん、器用な人である。銀座奥野ビルでギャラリーをやっている頃は、客が来ない時などには「ひっつきむし」をひねって味のある作品を作っていた。そうか、丸山さん、針金で作ったかと思い訊くと、これは奥さんが作ったものだそうだ。
私の周り、絵を描いていたり何らかのものを創っている人はいる。彼ら、彼女たちは何らかの物を食って生きている。
しかし、丸山則夫さんは霞を食って生きているように思えてならない。何故だか分からないし、私ごときがどうこう言うことではないが、どうもそう思えてならない。
会えば、何となく気持ちよくなる。この後、いつ会えるか。私自身、あやしくなってきているので、分からない。
が、昨年末会えてよかった。


池江璃花子を案じ、励ます動きが続いている。アスリート仲間ばかりでなくさまざまな人が。IOC会長のバッハからも。
池江自身も反応している。健気な言葉を。涙が流れてしかたない。18歳の若者、何とか助けてやりたい。
骨髄バンクには、18歳から54歳までの者が登録できるそうだ。元気な若い連中、骨髄バンクへ登録してくれ。池江璃花子ばかりじゃなく白血病で苦しむ人たちを救うため。


美術評論家の早見堯は、学生時代のサークル仲間であるが、仲間内ではIT関係に詳しい。
「はてな」のシステムが変わり、古いブログが新しいところへ移行できない時など、さまざまなアドバイスをしてくれていた。
私のこの「流山子雑録」は文字通りの雑録であるが、美術の専門家である早見堯は学術的、ハイブラウなブログを記している。グレードの高いものを。更新は年に10回程度か少ない時には数回ということもあるが。
以前の「はてなダイアリー」の時、ずいぶん前になるが早見堯のブログのことを記したことがあるが、今一度記しておきたい。私のこの「流山子雑録」の行く末がふらふらしているので。
早見堯のハイブラウなブログ、「見ることの誘惑ー終わりなき眼差し」で検索してください。
最新のブログは、2月4日の「岩本拓郎『茶色の小瓶』 吉祥寺美術館」である。
「茶色の小瓶」なんてグレン・ミラーの「茶色の小瓶」しか知らなかったが、岩本拓郎の「茶色の小瓶」もあるということを初めて知った。