12月8日。

<昭和十六年十二月八日 月曜日 午前零時十五分、在本邦米国大使ジョセフ・C・グルーは外相官邸を訪れ、大統領の天皇に対する親電を・・・、・・・直接天皇に奉呈したき旨を述べ、・・・外務大臣東郷茂徳に・・・、なるべく早く謁見できるよう特別の配慮を願い出る>。
『昭和天皇実録』の昭和16年(1941年)12月8日の記述は8ページに亘っている。まず米国大使・グルーの動きから。
日本軍によるパールハーバーへの奇襲を、ルーズベルトは事前に知っていたという話がある。日本に攻撃させて「汚いジャップ」を作りだす、という意図。が、このグルーの動きから見れば、そうかなという思いも沸く。いや、これも陽動作戦との思いもある。


昭和16年12月8日の昭和天皇の動きと、40年前の12月8日、ニューヨーク、ダコタハウスの前でのジョン・レノンの殺害、この二つのことを記そうと考えていたのだが、途中で身体が痛くなり続けることができない。
残念なことだが、だんだんこうなってくる。致し方ないことだが、とてもつらい。