京都・洛西苔めぐり(5) 二尊院。

落柿舎から私の足でも3〜4分、存在感のある二尊院の総門が見えてくる。

慶長18年(1613)に、豪商角倉了以が伏見城の「薬医門」を移築したもの、と二尊院のパンフにある。
同じような姿形の若い女性が二人、潜っていった。

100メートルに近く真っすぐな道が続く。「紅葉の馬場」と呼ばれているそうだ。なるほど「馬場」か。しかし、「青もみじの馬場」も十分に美しい。

青もみじと共に美しいのは、やはり苔。
庭仕事をしているこの人に、苔のことを訊いた。
苔には多くの種類があり、二尊院の中だけでも20〜30種と言ったか120〜130種と言ったか多くの種がある、と言っていた。20〜30種と120〜130種とでは大きな違いであるが、いずれにしろ多くの種があるということである。

このあたりの苔は、こういうもの。

さらに進むと築地塀に行きあたる。
左の方へ。

勅使門を潜ると本堂が見えてくる。
本堂の前には、天皇皇后陛下行幸啓記念樹の碑がある。平成3年5月29日に両陛下、二尊院へ行幸啓されたようだ。二尊院、天皇家や旧公家の諸家と繋がりが深い。

西行法師庵の跡を示す碑もある。
   我がものと秋のこずえを思うかな小倉の里に家居せしより   西行

京都御所の紫宸殿を摸した二尊院本堂。
「二尊院」、後奈良天皇の勅額である。

その由来。

この奥の内陣に釈迦如来と阿弥陀如来の二尊の立像がある。

「遣迎二尊」のことごと、お分かりになれるのでは。

小ぶりな庭がある。

枯山水、石庭である。

砂と石、そして苔。

半夏生と蓮。
この時季のお寺ではよく見られる光景であるが、気が鎮まる。

勅使門(唐門)。
二尊院、山号は小倉山である。掲げられている「小倉山」の扁額は、後柏原天皇の勅額である。
千年の都・京都、すぐそこ、あちこちに天皇さんがいてはります。