タブーに挑んではいる。でも、違う(続き)。

『終戦のエンペラー』、フィクションを取り入れてはいるが、史実を忠実になぞっている、と言う人が多い。各紙の評も概ね良い。

このハリウッド製の歴史劇、ハリウッドでなければ、日本では作ることのできない映画である。しかし、私には史実に忠実であるとは思えない。
日本へ降りたった連合国軍最高司令官、ダグラス・マッカーサー元帥、フェラーズ准将へ戦争の真の責任者は誰か、調査を命じる。
より具体的に言えば、天皇の戦争責任のありやなしやを調べろ、と命じる。
そうであろう。この頃は、ソ連や中国、オーストラリア、その他の連合国ばかりじゃなく、アメリカ国内でも、昭和天皇の戦争責任を問い、裁判にかけ処刑すべし、との意見が多かった。
しかし、マッカーサーの進駐早い時期に、アメリカは日本の国体護持を決める。天皇制の護持は、日本の占領政策にとって得策である、と判断した。マッカーサーの考えとも一致する。
マッカーサー、トルーマンの後のアメリカ大統領の座を狙っていた。そのためには、日本の占領政策をスムーズに成し遂げなければならない。
マッカーサー、フェラーズに、1941年12月8日のパールハーバーへの卑怯な攻撃を決めた御前会議に於いて、天皇がその決定に関わっていない証拠を調べろ、と命じる。
アメリカ、日本の占領政策には、国体護持が得策と考えた。国体の護持、天皇制は維持する。しかし、昭和天皇の責任をどうするか、問うか問わないかは別問題であった。
これまでにも何度か触れているが、『昭和天皇独白録』(1991年 文藝春秋刊)を手許の灯かりとして記す。
この書、昭和21年2月20日、宮内省御用掛となった寺崎英成を含む5人の側近が昭和天皇から戦時の模様を聞き書きしたものである。昭和21年3月18日、20日、22日、そして4月8日に2回、都合5回に亘る昭和天皇の先の戦争についてのご自身のお考え、いわば総括。
この書の中で昭和天皇、多くの人物評を行っている。宮中の側近、政治家、軍人。概ね辛辣。
何故かなー。
デス・バイ・ハンギング(絞首刑)となった東條英機にしろ、薬を飲み自裁した木戸幸一にしろ、個々人にはどうこうはあるにしろ、天皇を護った。
『昭和天皇独白録』の口絵から何枚か複写する。

昭和18年新製の大元帥服の昭和天皇、とキャプションにある。

キャプションは、終戦直後の二重橋。

左のよく知られた写真のキャプションは、昭和20年9月27日の昭和天皇とマッカーサー元帥第一回目の会見、とある。
右上は、昭和21年5月3日極東軍事裁判開廷、下は、東條英機。
『昭和天皇独白録』を残した寺崎英成、実はフェラーズの縁戚なんだ。
寺崎英成のかみさん・グエンというアメリカ人であるが、昭和21年3月8日、そのグエンとフェラーズが親戚であることが分かる(『昭和天皇独白録』と併載されている『寺崎英成御用掛日記』)。同書によれば、その後のフェラーズと寺崎英成、頻繁に会っている。
それはともかく、この映画の主題である昭和天皇の戦争責任の如何、どうであるのか。
『昭和天皇独白録』の末尾、”結論”で昭和天皇、こう述べる。
<開戦の際東条内閣の決定を私が裁可したのは立憲政治下に於る立憲君主として已むを得ぬ事である>。<私が若し開戦の決定に対して「ベトー」したとしよう。国内は必ず大内乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証出来ない、・・・・・>。<終戦の際は、然し乍ら、之とは事情を異にし、廟議がまとまらず、鈴木総理は議論分裂のまヽその裁断を私に求めたのである>、と。
こういう状況の中、連合国は、なかんずくアメリカは、日本へ進駐している連合国軍最高司令官のマッカーサーは、昭和天皇に対し、如何なる判断を下すのか。
昭和21年1月22日、ロンドンの連合国軍戦争犯罪委員会で、オーストラリア代表が62人もの日本人主要戦犯リストを提出、そのなかには天皇裕仁の名が記されていたのである(『寺崎英成御用掛日記』、1月23日の記述についての半藤一利の<注>)。
そのような状況の中、マッカーサーは昭和21年1月25日、参謀総長・ドワイト・アイゼンハウワーへ長文の調査最終結論を記した報告書を送る。
「昭和天皇を、戦犯指名から除外することが良い」との。
マッカーサー、昭和天皇の戦争責任をどうするか、たった10日で結論を出したワケではない。半年近くの時間をかけ、熟慮の上で判断を下した。その根底にあったのは、大統領選への出馬。
昭和天皇、弟宮との関係は必ずしも良くはなかった。秩父宮にしろ、高松宮にしろ、三笠宮にしろ。
高松宮や三笠宮は、敗戦後、昭和天皇は退位すべし、と公言している。
しかし、昭和天皇は天皇の地位に留まり、長寿を全うされた。
戦争責任に関し、多くのことが残された。
それをすべて引き継いだのが今上天皇である。

昨日の今上天皇。
今上天皇、父君がやり残したことをすべて引き継いだ。厳しいことをすべて。
今上天皇、そして皇后、両陛下の心を思う。
昨日、日本国総理大臣・安倍晋三、アジア諸国への加害責任について触れず。
昭和天皇のやり残されたことごとを為さん、と思っておられる天皇、皇后、両陛下、いかが思われたであろうか。