「住み果つる慣らひ」考(18)。

ロサンゼルスに住むハリエット・ローラーという名のバアさんは、とても「いい死」を遂げる。
ソファに座ったまま、突然コト切れるんだ。おそらく、ご本人も気がつかない内に。
このバアさん、知り合いのすべての人から嫌われている。傲慢で自分勝手なクソババアである。80代、自分が死んだ後はと考えている。一種の終活である。
ある時、地元紙に乗りこみ、社長兼主筆であろう男に、自分の訃報を作れと迫る。「先代はよかったよ。だいたいこの新聞が25年間黒字を続けてこれたのは、誰のおかげだと思っているんだ」、と2代目であろう現社長に語る。
そう、このクソババア、一代で広告会社を立ち上げ成功させた女で、地元紙の経営が上手くいっているのも私のおかげ、という圧力。若手訃報記者のアンがその役目を負わされる。
映画『あなたの旅立ち、綴ります』は、こうして始まる。
監督:マーク・ベリントン。クソババアのハリエットにシャーリー・マクレーン、若い訃報記者・アンにアマンダ・セイフライドが扮する。10日ほど前、見に行った。

ポスター左側に記されている文言は・・・
   訃報記者へ舞い込んだ依頼は、
   <最低>な老婦人の
   <最高>なおくやみ欄を
   生前に作ること。
この老婦人、いやクソババア、金持ちであるから当然のこと大きな家に1人(家政婦はいるが、もちろん)で住んでいる。亭主とはもうずいぶん前に別れている。ひとり娘がいるのだが、それこそ何十年も会ってない。花田家のよう。

邦題はこうであるが、原題は”The Last Word”。直截的な原題の方がマッチする。

クソババアのハリエットから知り合いのリストを渡された訃報記者のアン、それらの人たちを訪ねるが、皆が皆ハリエットのことをボロクソに言う。「良いこと? 彼女が死ぬのが良いことよ」、という人までいる。
アンの書いた訃報記事の草稿、ハリエットからつき返される。気にいるような良いことが記されていないのだから。

『アパートの鍵貸します』か、50年以上も前、60年近くとなる。面白く洒落た作品であった。その舞台はニューヨークであった。
監督:ビリー・ワイルダー、この作品でアカデミー作品賞、監督賞をとった。主演はジャック・レモンであったな。その相手役がシャーリー・マクレーン。シャーリー・マクレーン、その頃からただキレイキレイといった女優とは一線を画していた味のある役者であった。
『レ・ミゼラブル』のアマンダ・セイフライド、次代を担うハリウッドの実力派女優である。
両者、がっぷり四つに組み合った。

クソババアのハリエット、車の窓からアッカンベーをしている。
しかーし・・・
物語はハートウォーミングムービーへと突き進んでいくんだ。
よい訃報のためには、家族の仲が良いこと、同僚や周りの人から慕われること、地域や社会に貢献すること、そして最後にワイルドカードが必要だ、と。
ワイルドカードの切り札として、9つか10の黒人の悪ガキを探し出す。この悪ガキ、初めは男の子かと思ったが女の子であった。とても頭のいい悪ガキだ。
3世代の女性による旅が始まる。これがまたいい。
80代、30少し前、それに9歳か10歳の女3人の。ロードムービーの趣きも味わえる。
クソババアのハリエット、DJデビューも果たす。60年代のロックミュージックにやけに詳しいんだ。好みは、ザ・キンクス。
オイオイそんなに何もかもいい方に行って、ホントいいのかよ、というくらい話は進んでいく。元夫婦の間も、何十年も会わなかった母親と娘の間も。
その上で、ソファに座ったまま、本人も気がつかないうちに死んでいく。何て幸せなことであろう。
最後に教会での葬儀の場面があり、クソババアであったハリエットの遺言が語られる。
彼女が住んでいた大きな家は、町だか市だかに寄贈され、図書館として利用される。その他、これこれは誰それに、といったことが。
涙がジワッと、ということも。
監督のマーク・ベリントン、ハートウォーミングのサービス旺盛。これでもか、と。
それにしても、ロサンゼルスのクソババア・ハリエット、いい死を死んだ。