リスボンに誘われて。

ポルトガルは、アフリカの植民地に最後までしがみついていた。1年少し前、このブログに、ミゲル・ゴメスの『熱波』という不思議なポルトガル映画を紹介した。ポルトガルがしがみついていた植民地時代のアンゴラ乃至はモザンビークと、50年後のリスボンでの不思議な物語であった。
1960年代のポルトガル、外では帝国主義丸出し、内ではサラザール独裁政権が続いていた。サラザール独裁政権が倒れるカーネーション革命は1974年、それまで若者たちの命を張った反政府運動が続いていた。
とは言っても、『リスボンに誘われて』、そういう反体制運動のみを描いているものではない。
『リスボンに誘われて』、その主題は、”人生を変えられるか”、”すべてを投げ出し、人生を変えることができるか、あなたは”、である。

渋谷文化村ル・シネマのこのポスター、イーゼルのようなものに入っていた。さすが文化村。
スイス・ベルンの高校で古典文献学を教えるライムント・グレゴリウス(扮するのは、ジェレミー・アイアンズ、渋い)、ラテン語とギリシャ語に精通する知識人である。5年前に離婚しひとり身であるが、特にどうってことのない日々を送っていた。
しかし、ある日、橋から身を投げようとしていた若い女を助ける。ポルトガル人であるその若い女、赤いコートを残し姿を消す。そのポケットから一冊の本が出てくる。本の間からは、リスボン行きの列車の切符も落ちる。発車まで時間はない。ベルン駅へ走る。

『リスボンに誘われて』、監督は、ビレ・アウグスト。原作は、パスカル・メルシエのベストセラー『リスボンへの夜行列車』。

赤いコートを持ちベルン駅へ駆けつけたライムント・グレゴリウス、切符の持ち主がいないと知るや、リスボン行きの夜行列車に飛び乗るんだ。人生が変わるかもしれないステップであろう。

自殺しようとしてベルンの古典文献学の教師に助けられた、ポルトガルの女の子が残したコートのポケットから出てきた本。そのタイトルは『言葉の金細工師』。
リスボンに着いたグレゴリウス、その書に連なる人たちを訪ねる。
<この世に100冊しか存在しない本>、とその著者の妹(その初老の女性に、シャーロット・ランプリングが扮する。とても美しい)は言う。
その書の著者の名は、アマデウ・デ・プラド。医師であった。上の写真の右側の若い男である。
若きアマデウ・デ・プラドのサラザール政権打倒の闘い、そして、その中での灼熱の恋。それらが、スイスから来たグレゴリウスの動きと交錯して現われる。

グレゴリウス、アマデウに関わりのある人たちを訪ね、リスボンの町中をあちこち歩く。
リスボン、坂の多い町である。狭い通りも多い。そこを路面電車が通っていく。壁すれすれなんて所もある。
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今のリスボン、やはり革命があってから。

退屈な男、グレゴリウスにも変化がある。リスボンの眼科医・マリアナとの間に。
リスボン駅からパリを経由しスイス・ベルンへの列車が出る。リスボンの眼科医・マリアナ、グレゴリウスにこう言う。「このままリスボンにいるというのは」、と。
そう、自分の人生、選ばなきゃ、グレゴリウス。
しみじみと胸に迫る。この作品もこれから来月にかけ全国を廻る。