色まんだら百葉。

<ひとりの女とふたりの男の、センセーショナルな愛の物語>、と謳われている瀬戸内寂聴の小説『夏の終り』、累計で100万部も売れているそうである。

その映画化。
脚本:宇治田隆史、監督:熊切和嘉。
ひとりの女・染色家の知子には、満島ひかり。ふたりの男のひとり、妻子ある年上の作家・慎吾には、小林薫。もうひとり年下の男・涼太には、綾野剛。
原作は、瀬戸内寂聴、いや、瀬戸内晴美の50年前の私小説。文化勲章を受けている瀬戸内晴美、恋多き女であった。
幾重にも多くの男と関わりを持ち、いったい何時、小説を書いていたんだろうかと思う、なんてことを自ら記している。

<年上の男との包み込むような穏やかな愛の生活  年下の男との激しい愛欲  どちらも私を満たし、そして心を乱す>、と惹句にある。
そうなんだ。
ひと回り年上の作家は、妻子のいる家と知子のところを週の半々行ききしている。ずるいと言えばずるいんだ。でも、知子はそれで満たされている。その生活も、もう8年になる。
しかし、ある日、若い涼太が訪ねてくる。昔、瀬戸内晴美が、亭主ばかりか子供も捨て、駆け落ちしようとした男である。でも、待ち合わせの場に相手は現われなかった。意気地のない男だ。その男が再び現われる。よりが戻るんだ。
男と女、不思議なものなんだ。
この映画のことは、先々週の朝日新聞、9月7日の「逆風満帆}の”人生を狂わせた悲恋の結末”に詳しい。これを見た時、私は、映画の番宣かと思ったよ。
それはさておき・・・・・

現実の瀬戸内晴美、満島ひかりのような美女ではなかった。しかし、不思議な色香があった。男を引き寄せる得も言えぬ色香が。

瀬戸内寂聴の著に『奇縁まんだら』という書がある。
2008年から2011年にかけて日経新聞出版局から刊行された。4部に亘り。『奇縁まんだら』から『・・・・・続』、『・・・・・続のニ』、そして『・・・・・終り』までの4冊。横尾忠則が絵をつけている。これが、またいい。
その2冊目の『・・・・・続』には、小田仁二郎が記されている。8年もの間、瀬戸内晴美を虜にした男である。確かに、苦味走った、という形容が当てはまる男である。もちろん、横尾忠則の画。
『奇縁まんだら』、日経新聞に5年に亘り連載されていたものを纏めたもの。取りあげた人物は136人にのぼる。
徳島から上京、東京女子大へ入り、初めてお能を観た折り、大曲の能楽堂で見かけた島崎藤村から、大谷崎、三島由紀夫、その他多くの人たちが語られる。
瀬戸内晴美、昭和48年、51歳で出家する。得度の願いは今東光に頼む。
「出家させていただきたく、参上いたしました」、と言う瀬戸内晴美に、今東光が言った言葉は、ただ二つ。
<「頭はどうする?」、「剃ります」。「下半身はどうする?」、「断ちます」。それだけであった>、と瀬戸内寂聴は記す。
それにしても、この『奇縁まんだら』4部作、とても面白い。
取りあげられている136人の多くは作家であるが、皆さんそれぞれの色模様が面白い。まさに、「色まんだら百葉」と言っていい。
例えば、文春の文士講演会。瀬戸内寂聴は、今東光と松本清張と組み地方を廻っていたそうだ。「今東光一座ドサ廻り」と瀬戸内は言う。行く先々超満員。何しろ、松本清張の全盛期。清張の名だけで、人がわんさか集まった、という。
ある時、<清張さんのところに、まさに絶世の美女が迎えに来た。夢二の絵から抜けだしたような嫋々たる和服の若い女は、・・・・・>、と。
<その美女は赤坂の花街に出たばかりの頃、清張さんと縁が出来、落籍(ひか)されたという。その時、花街の古式にのっとった落籍祝いをしたので、当時、花街雀の・・・・・>、と続く。
あの松本清張、多くの美女との縁がある。
岡本太郎とのことごとも、面白い。
和服姿の瀬戸内晴美、青山の岡本太郎の家をしばしば訪れている。ストールに横座りして岡本太郎を見る目、妖しげであった。
そういうこともあってか、岡本太郎の戸籍上の娘であり、実際にはパートナーであった岡本敏子に関する記述には、どこか何やら、といった感がある。
男ばかりじゃない。
宇野千代とのことごとも面白い。
ある時、宇野千代が寂庵へ立ち寄ることがある。
<私は感動し恐縮し、・・・・・祇園からわざわざ高い料亭の料理を取り寄せたばかりか、舞妓もお茶屋の女将につれてきてもらって、・・・・・>、ということをする。
その日、瀬戸内寂聴は、宇野千代に聞くんだ。
「伺っていいですか?先生、この方とは・・・>、と。
間髪もいれず宇野千代の声が返る。
<「寝た」、「寝た」、「寝ない」、「寝た」、・・・・・>。<「ネタ、ネナイ、ネタの連発である」>、と記される。男と女の間柄、昼寝でもするように。
宇野千代、梶井基次郎とはよく会っていたそうだ。
瀬戸内寂聴、「梶井さんとは」と訊く。
<と、矢のような速さで、「寝ないっ!」と返ってきていた>、と。「どうしてと訊くと」、「あたし面喰いなの」、と宇野千代。梶井基次郎の写真を見た人は解かるであろう。でも、
暫らく間を置き、「梶井さんにはすまないことをしました。・・・・・」、と。
そうだよ。いかに面喰いだとはいえ、宇野千代に惚れていた梶井基次郎に、一度ぐらいは肌を合わせる機会を作ってやってもよかったのに、と思うよ。数多の男と、浮き名を流しているんだから。醜男ではあるが、梶井基次郎とも、と。
表現者の皆さん、それぞれさまざまな色模様がある。
色まんだら百葉である。
しかし、中にはこういう謹厳実直な男もいる。平野謙である。瀬戸内晴美の作品『花芯』を酷評した。が、その後、<『夏の終り』や系列の私小説を<金無垢の私小説だと絶賛してくれた>、とある。
ある時、その平野謙と開高健と3人、青山の中華料理屋へ行く。
<そこの女主人は美人でグラマーでセクシーな人だった。・・・・・その翌朝、花屋がバラの花束を届けにきた。プレゼントカードには女文字で、「すばらしいお引き合せを感謝します。河口湖を見ながら、ふたりでいただいた朝のコーヒーの美味しかったこと!」とだけ書かれていた>、と。
開高健もまた、あちこち女がらみがあった男であった。幸せな男である。
瀬戸内晴美の『夏の終り』、『奇縁まんだら』に繋がり、”色まんだら百葉”へと広がっていく。