新潮社写真部のネガ庫から。

これも夏の盛り7月下旬の頃、病を得、暫らく会っていない伊藤から電話があった。新潮社創業120年記念の写真展をやっている、行かないか、と言う。伊藤、現役の頃は幾つもの雑誌に携わっていた。ハイブラウな雑誌に。
7月下旬、何人かの仲間と行った。

新潮社、1896(明治29)年、その前身が設立されている。
その3年後、1899(明治32)年当時の社屋。東京市神田区(現千代田区)錦町。貰ったパンフから。
意気軒高、気概にあふれている感を受ける。

奥の倉庫、どうもこれがリノベーションされ、「ラカグ」となった模様。

このように。
神楽坂の町並みに自然に溶けこむように。

神楽坂に住んでいるフランス人、カグラザカと発音し難いので「ラカグ」と言っていた、とのこと。
で、新潮社の本の倉庫であった建物をリノベーションした建物を、「ラカグ」としたそうだ。

「ラカグ」、隈研吾の設計である。
ザハ・ハリドの後を引き継いだ新国立競技場の設計者である隈研吾。大きな木の階段、ウッドデッキ。
「ラカグ」の壁面には、その座標が記されている。
北緯35度・・・、東経139度・・・、と。

途中のウッドデッキにこのようなものがある。
<2F sokoスペースにて>の”soko”って。
”soko”、ソコ、ソーコ、倉庫なんだ。
倉庫をリノベーションしたのだからそうではあるのだが、「ラカグ」にしろ、「soko」にしろ安易、即物的にすぎる。
がー、そうではない。
洒落てる、シャレてる。そう思う。

新潮社写真部のネガ庫から。
檀一雄の名が見える。料理自慢の檀一雄、市場での買い物風景。

新潮社創業120年記念の写真展なんだ。

木の大階段から「ラカグ」の中に入る。
すぐ横。

川端康成が何かを食べている。カウンターで。
川端康成、笑っている。笑顔の川端康成なんて、珍しい。新潮社のカメラマン、張りついていたんだ。

新潮社の写真展、壁面を使ったもの。
50点の写真が掲げられている。
イスが並べられている。このスペース、新潮社のレクチャースペースでもある。

自宅でくつろぐ谷崎潤一郎、神輿を担ぐ三島由紀夫、浅草六区の池波正太郎、新幹線ひかりのビュッフェでの司馬遼太郎、出家する6年前、まだ髪の毛がある瀬戸内寂聴(晴美)。面白い。
それらに囲まれた中に、華のある一枚が・・・

川上弘美と江國香織とのツーショット。
2002年1月に撮影されている。当時、川上弘美43歳、江國香織37歳。
お姉さんである川上弘美、江國香織の頭を引き寄せている。このところの日本文壇が誇る美形の二人である。この後、どうなる。
と、声がかかった。
「あのー、ここは写真はご遠慮いただいているのですが」、と係の人から。
あまりにも対象に近寄りすぎたようである。川上弘美と江國香織に。
「向こうの方は撮っていただいてもご自由です」、と。

こちらから。

「ラカグ」、セレクトショップである。
このケース、スーツケースではない。トランクである。このようなトランク、優雅な船旅に持っていくものである。優雅な船旅に。なんとー。

内部、書庫であった書棚を利用している。

「こどものため」という一角。
『魔女の宅急便』、『こどもとデザイン』、『星の王子さま』、『うろうのもり』、『家族の哲学』、・・・。

「こちら側はカメラは・・・」、と言った男にシャッターを押してもらった。

新潮社創業120年記念写真展。
それに付随する商品、幾つもあった。
ノート、そして、漱石、芥川、太宰、三島、清張、・・・のトートバッグ。
この後、飲み会のみ参加の高橋を加え秋葉原で飲み会。
飲み食いはまったくしない伊藤、胃瘻の技を披露した。
伊藤、初めてのカミングアウトと語っていたが。
見事なもの。