東ベルリンから来た女。

ベルリンの壁崩壊の9年前、1980年の夏、バルト海に面した旧東ドイツの小さな町に、一人の女が降り立つ。西ドイツへの移住申請が撥ねつけられ、東ベルリンの大きな病院から左遷されてきた女医である。
バスを降りた女医、ベンチに坐りタバコに火をつける。美しいが、その表情はとても硬い。向かいの建物の2階からは、2人の男が見下ろしている。一人は彼女の同僚となる医者、あと一人はシュタージ(秘密警察)である。わずか30数年前の東ドイツ、殺伐とした監視社会であった。

『東ベルリンから来た女』、監督のクリスティアン・ペッツォルト、この作品で2012年ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した。
主人公の女医の名はバルバラ、演じるのはニーナ・ホス。北欧に特有のエッジのきいた硬質美人。
バルバラ、溶け込めない、というより、溶け込まない。しかし、医者としての腕は確か。献身的に対応する。矯正収容施設から逃亡し、髄膜炎を発症した少女の命も救う。
同僚の医師・アンドレ(冒頭で、シュタージの男と一緒にバルバラを見下ろしていた男である)、何かにつけバルバラに気を配る。惹かれてもいく。
しかし、彼もワケありなんだ。医療ミスの責任を取らされ、東ベルリンでの病院勤務の夢は絶たれた。それのみならず、監視者の役割をも課せられたんだ。当然、バルバラをも監視し、報告しなければならない。
キビシい。

バルバラ自身、同僚の医者・アンドレの自分に対する気持ちも、自分を監視していることも解っている。
バルバラには、西の世界に恋人がいる。彼との逢瀬もある。自由で豊かな西側への脱出の機会をうかがっている。西の恋人からの脱出資金も得る。日時も決まる。
しかし、硬質の美人医・バルバラ、その体内で懊悩が弥増す。
東と西。嘘と真実。自由と使命。その狭間で揺れる。
西側の自由で豊かな男か、東側の誠実で優しい男か。どうするバルバラ。
東ドイツから西ドイツへの脱出決行日、アッと驚く結末が待っている。
荒れ狂うバルト海、近づく一人しか乗れないゴムボートに、バルバラは矯正収容施設から逃げ出し西ドイツへ行きたいという少女を押込む。自らは、東へ残ることを選ぶ。
ベルリンの壁が崩壊する9年前である。
1995年、ベルリンの壁崩壊の6年後、ベルリンからプラハへバスで行った。旧東ドイツのライプチッヒ、ドレスデンを経由した。第二次世界大戦終結後50年が経っていた。しかし、旧東ドイツの沿道のあちこち、破壊されたままの建物が見られた。旧東ドイツ、監視社会は作ったが、再生までには手が回らなかった。
それにしても、ベルリンの壁崩壊の9年前、東へ残ることを選択した女医・バルバラ、その後が気にかかる。