ほほえみの御仏ー二つの半跏思惟像ー。

日韓国交正常化50周年を記念し、日韓両国のエースともいえる二つの仏さまの対面が実現した。
つい先日まではソウルの韓国国立中央博物館で、そして今は上野の東博で。

一週間ほど前の東博正面横の看板。
日韓国交正常化50周年は昨年であるが、まあ、いずれにしろそのような節目を記念する特別展。

驚いた。東博構内へ入る時、金属探知機の検査があった。空港と同じ。
カメラや携帯、財布などをトレーに入れて、金属探知機の間を通る。折々に東博へ行っているが、このようなことは記憶にない。共に日韓両国の至宝、もし何らかのことがあれば取り返しがつかない。ま、致し方ない。
珍しいので、「写真を撮ってもいいですか」、と訊いた。係員、暫らく上司らしき人と話していたが、「いいでしょう」との返事をくれた。

本館内へ。
垂れ幕が下がっている。
特別5室は、左下のところ。小ぶりな企画展は、この部屋を使う。

今回は、この部屋に日韓二つの半跏思惟像のみが並ぶ。2体のみ。

奈良斑鳩の中宮寺門跡、奈良中心部の東大寺や興福寺ほどではないが、それでもずいぶん訪れている。
この仏さまにお会いするために。
国宝 半跏思惟像。弥勒菩薩としても知られる。如意輪観音とも。

ソウルの国立中央博物館へは3度訪れた。1995年に解体された古い国立中央博物館へ2度。そして、2005年に開館した新しい国立中央博物館へ1度。
半跏思惟像、ソウルの国立中央博物館の大スターである。

中宮寺門跡の半跏思惟像、クスノキの木像。

ソウルの国立中央博物館の半跏思惟像は、金銅仏。

この二つの結い上げた髷が好きだ。

ソウルの国立中央博物館には、二つの著名な半跏思惟像がある。
国宝78号の半跏思惟像と国宝83号の半跏思惟像。そのお顔立ち、共に、日本で著名なあと一つの半跏思惟像である京都太秦の広隆寺の半跏思惟像に似ている。もちろん、韓国の半跏思惟像の方が、日本の半跏思惟像より古い。仏さま、インドから中国、朝鮮半島を経て日本へもたらされたものだから、それは当然。

ソウルの国立中央博物館の日本語版の図録が出てきた。1991年という書きこみがある。
裏表紙には、旧博物館のイラストがある。古い韓国国立中央博物館、なかなか趣きのある建物であった。しかし、それは日本人の感覚であろう。
韓国の人にとっては複雑な思いを抱く建物であった。日本統治時代の旧朝鮮総督府の建物であったが故である。日本の植民地支配の遺物でもある。歴史的建造物、韓国内でもさまざまな議論があった。しかし、最終的に解体された。

韓国には、多くの半跏思惟像があるそうだ。
その双璧は、上の二つの半跏思惟像。国立中央博物館の日本語版図録から複写する。
左は、国宝83号の半跏思惟像。右は、今回日本へお出ましいただいた国宝78号の半跏思惟像。

ついでに、ソウルの国立中央博物館の日本語版図録から、半跏思惟像についての解説文を複写する。なるほど。

中宮寺門跡の半跏思惟像も、これってヤツを載せたいな。いや、これってヤツを複写したもの、ということではあるが。中宮寺門跡の半跏思惟像なんて、私が持つ書の中でも幾らもある。さてどれにするか。
1995年、目黒区美術館で催された「古寺巡礼 土門拳展」の図録が出てきた。
図録自体は、布装に金箔押しの表紙。段ボールのケースに入っている。そこに貼られている写真、中宮寺門跡の半跏思惟像である。土門拳の古寺巡礼を代表するものとして。

その図録の中宮寺門跡の半跏思惟像の複写。
半跏思惟像、弥勒菩薩とも呼ばれる。弥勒菩薩、釈迦入滅後56億7千万年のあとこの世に現れ人々を救う、と言われる仏さま。弥勒菩薩、ミロクには思い入れがあるが、それは擱く。
7月10日まで。東博には珍しく、連日夜8時まで。