パリ+リスボン街歩き  (44) ギュスターヴ・モロー美術館(続き×2)。

小粒だが中身の濃いジュヌヴィエーヴ・ラカンブルの書『ギュスターヴ・モロー』には、マルセル・プルーストのこういう言葉が出ている。
<「ギュスターヴ・モローの家は、彼が亡くなった今、美術館になろうとしている。そうあるべきだ。(略)この家はすでに彼の生前から美術館のようであり、彼という人物はほとんど作品が仕上がる場所でしかなくなっていたのだから」>、という言葉が。
最後のくだり、文章としてどこかヘン、と思われる文章であるが、プルーストの書くことだからそうであるのであろう。
ともあれ、ギュスターヴ・モローの家及び作品、1903年、フランス初の国立個人美術館となった。

螺旋階段を上がったアトリエ上階の右側。

こちらは、その左側。
ギュスターヴ・モローの作品が、壁一面隙間なく掛けられている。
なお、この写真の左の方、イーゼルに乗っているのは、ギュスターヴ・モローの自画像である。

さらに左の方へ目をやろう。
中央左の方に存在感のある絵がある。

より近づくと、この中央下の絵・・・・・

額というより、金色の建造物で纏われたこの絵、「ユピテルとセメレー」。ギュスターヴ・モロー晩年の大作だ。
<テーマはオウィディウスの『変身物語』から取られているが、ここでも古代ギリシア神話世界とキリスト教世界が混在している>、とジュヌヴィエーヴ・ラカンブルは書いている。
ギュスターヴ・モロー自身は、この作品についてこう言っていたそうだ。
<「地上の死と神の不死性の礼賛・・・・・、神性の讃歌・・・・・」>、と。
「ンンッ」、なんて思うことはひとつもない。臆することなど何もない。「そうですか、なあーるほど」、と解かったつもりになることも、必要だ。

その後ろの部屋、裏側には、この作品が掛かる。
これは、なまなかな絵ではない。東方のキリスト教、正教に現われるイコノスタシスじゃないか、と思う。祭壇画だ。多翼祭壇画だ。

タイトルは、「人類の生」。
<半円形の最上部には血を流すキリストが描かれている。その下の9枚のパネルはギリシア神話に伝わる時代区分をもとに、上から順に、金の時代、銀の時代、鉄の時代をあらわしている。上段と下段のテーマは聖書からとられ、・・・・・>、と続いていく。
そうですか、とする。

モローの一角獣だ。
クリュニーに多くいた一角獣だ。

ギュスターヴ・モロー、驚くべき数のデッサンや下絵を残している。
それらの作品は、折りたたみのパネルの中に入っている。次々に見ることができる。
美形の女の子を連れた髪の短い無骨な男は、しきりにその写真を撮っていた。

可動式のパネルで、ギュスターヴ・モローのデッサンの数々を見ることができる。これも、楽しい。

螺旋階段を下りる。
正面に見える絵は、「神秘の花」。

下と上、上下のアトリエを繋ぐ螺旋階段、クルクルッと2回回っている。
しかし、こうして見ると、その階段、必ずしも円いのじゃないんだ。
微妙に歪んでいるんだな。