パリ+リスボン街歩き (59) 国立古美術館(続き×3)。

テージョ川のすぐそば、しかも階段を上っていった所に建っているのだから、さして広くはないのかな、と思えばさにあらず。国立古美術館、とても広い。1階の奥の方には、ヨーロッパの絵画が展示されている。

このような部屋がずぅーと続いている。

聖アンとヴァージン・マリー。
板にテンペラ画。作者は、初めて聞く名、ラモン・デストレンツ。生年は1351年、没年は1391年、14世紀の絵描きである。深い絵だ。
カソリックの絵であるが、どこか東方正教会のイコンを思わせる。ロシア正教などの。

各階をつなぐのは、大きな階段である。
2階から3階へ上がる。

上がった方から見ると、このよう。
内側には、ポルトガルの彫刻作品が並んでいる。

その外側には、ポルトガルの絵画が。

ここは、その突き当たりの部屋である。
中学生であろうと思われる一団が、先生らしき男の話を聞いている。私には、話の中身は解らない。しかし、先生らしき男の口調、熱が入っているんだ。正面のこの作品、ポルトガルにとっては大切な作品なんだそうだ。もちろん、国宝である。
サン・ヴィセンテ、聖ヴィセンテの祭壇画である。聖ヴィセンテ、リスボンの守護聖人だそうだ。
この祭壇画、6枚のパネルで構成されている。中央の聖ヴィセンテを囲み、6枚のパネルで。
ところが、である。各パネル、それぞれ何を描いているのか、さまざまな意見があるそうだ。確かに解り辛い。どうしてなのか、ということまで考えると。
いろんな見解がある。しかし、私は、国立古美術館で求めた図録の記載に従うこととする。
そこには、6枚のパネルに描かれたもの、こう記されている。
左から、修道士のパネル、漁師のパネル、小児のパネル、大司祭のパネル、騎士のパネル、そして最後は、聖遺物のパネル。何やら統一がとれてないが、宗教がらみ、統一や整合性などということには関係ない。そんなものは超越したもの。それでいい、ということだ。

「聖母マリアの戴冠」。
1768年に生れ、1837年に死んだドミンゴス・アントニオの作品。カンヴァスに油彩。
<彼は、若い頃から宗教的なテーマを追い求めていたが、この作品でその精神性の極みに達した>、と国立古美術館の図録にある。

小さな絵である。板に油彩。作者の名は、アンノウン、分からない。恐らく、1525年から1550年の間に描かれたものだろう、とされている。
この絵のタイトルは、「ヴァスコ・ダ・ガマと言われている肖像」。
恐らく、そうであろう。

下の階へ降りてくると、暫らく前に入口の方で見た小さな子供たちの一団がいた。階段の所に。子供たちは20数人。黄緑色の上っ張りを着ている引率の人が5〜6人いるので、幼稚園の子供たちであろう。
手前の方には、中学生のような一団もいる。
幼稚園であれ、小学生、中学生であれ、高校生であれ、美術館、博物館へ連れて行くのは大切なこと。東博でそのような一団に会ったことはない。
オイ、頑張ってくれ。日本の教育者たちよ。