マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙。

アダムとメアリー、このロンドンに住む還暦世代・アラカンの二人は、今までの私の人生って、いったい何だったのかとか、年をとったっていうことかとか、これからの人生、何かやりがいのあることを、なんてことを考えている。
ところが、同じロンドンに、「貴方たち、何言ってるの、くだらないことを」、という女性がいた。「碌でもないことを、ぐだぐだぐだって。しっかりしろ」って。実在の人物、マーガレット・サッチャーだ。
マーガレット・サッチャー、1979年から1990年まで、11年余に渉ってイギリスの首相を務めた。イギリスも男社会である。政治の世界は、ましてそう。マーガレット・サッチャー、英国初の女性首相であるばかりでなく、20世紀の英国で最長となった首相でもある。何よりも、強力なリーダーシップを発揮した。良くも悪くも信念を曲げなかった。鉄の女だ。
首相在任時のマーガレット・サッチャーの年齢、53歳から65歳にあたる。丁度、還暦前後である。同じロンドンの住人で、同じようにアラカンのアダムとメアリーのように、能天気なことは思いもしない。マーガレット・サッチャーの人生、努力しろ、闘え、の人生なんだから。

監督は、フィリダ・ロイド。昨日のロンドンのアラカン夫婦の映画・「最高の人生をあなたと」の監督と同じく女流である。
先日のアカデミー賞で、メリル・ストリープが主演女優賞をとった。いつもながらであるが、メリル・ストリープの演技、上手いにもほどがある、というものであった。メーキャップ賞もとった。手の込んだメーキャップであった。サッチャーの実像に迫っていた。
しかし、メリル・ストリープの実年齢も62歳である。英国首相当時のサッチャーとほぼ同じ。あれほどまでに、とも思ったが、山積する問題を処理していくサッチャー、その肌は、実年齢以上のものになっていたんだ。だから、あのメーキャップ。
マーガレット・サッチャーに話を戻す。

イギリスは、階級社会である。男社会でもある。
しかし、マーガレット・サッチャーは、庶民階級の出である。食料品店の娘である。でも、学ぶことが好きな女の子であったようだ。オックスフォードを出た後、幾つかの曲折はあるが、政治家となる。男社会の中で、自らの信念を貫いていく。
その基本は、自由主義だ。新自由主義、新保守主義と言ってもいい。つまり、労働党のいう大きな政府はダメ、ということ。規制緩和だ、自由競争だ、小さな政府だ、ということだ。
”努力しろ、自らの幸せは自らの努力によって掴みとれ”、というものだ。サッチャリズムだ。そうは言っても、このような考え方、できる人はいいが、そうでない人は困るよ。弱者にはキツイ。社会の格差は開いていく。
しかし、上流階級出身でなく、庶民階級の出であるサッチャーが言う言葉には、説得力がある。”努力しろ、自らの力で掴みとれ”、と言う言葉には。サッチャー自身がそうであったればこそ、より強い説得力を持つ。しかし、格差は開く。労働争議も起きる。でも、サッチャー動じない。IRAのテロにも屈しない。
1982年、フォークランド紛争が起きる。大英帝国時代の名残り、イギリスが実効支配するアルゼンチン沖のフォークランド諸島へ、アルゼンチン軍が侵攻する。マーガレット・サッチャー、迅速に反応する。
「イギリスとフォークランド諸島は、1万7千キロも離れている」、なんてことを言う腰の引けた政権首脳たちを前に、マーガレット・サッチャーは、こう言い放つ。フォークランド諸島は英国の領土である。人的被害はあろうとも、アルゼンチンの艦船を撃破せよ、と。
”戦争の経験もないのに”、という批判に対しては、”お言葉ですが、私は、闘わなかった日など一日もない”、と反論する。多大の犠牲も被ったが、マーガレット・サッチャー、フォークランド諸島からアルゼンチン軍を駆逐する。
1980年代、新自由主義の時代であった。アメリカでは、ロナルド・レーガンのレーガノミックスの時代であり、我が日本では、中曽根康弘の規制緩和の時代である。対するソ連は、ミハイル・ゴルバチョフが出てきている。社会主義ソ連の幕引きをするゴルビーが。
今と較べ、役者が揃っていた。
貴族階級と、男社会と、闘ってきたマーガレット・サッチャー、現在は認知症となっている。
鉄の女・サッチャー、貴方は類い稀なる才能を持った人でした。強い人でした。でも、ご自身ができ過ぎた。人の痛みが解からないこともあった。
そういうこともあるが、この映画の主題は、サッチャーがどうか、といったこと。それやこれやでマーガレット・サッチャー、そういうことだよ、となる。
認知症となったマーガレット・サッチャー、表舞台には出てこないが、凄い女性であった。その信念に、思いを同じうするか否かはあるにしろ。
あとひとつ、忘れてはいけないことがある。
マーガレット・サッチャー、鉄の心を持った強い女であるが、妻であり母親でもある。
だから、鉄の女の”涙”なんだ。
マーガレット・サッチャーの亭主、デニス・サッチャーという男も、よくできた男である。
女房が保守党の党首選に立候補すると聞いた時には、お前は一体何を考えているんだ、と言っていたが。その内、俺の女房は、そういう女だったのか、ということが解かっていく。
この男、英国のトップを務めるカミさんを支えるんだ。暫らく前亡くなったが、いい男だ。
カミさんは鉄の女。だから、鉄の女の”涙”。解かるであろう。