奥多摩歩き (5) 青梅宿。

せせらぎの里美術館を出た後、JRの御嶽駅へ戻る。その間、歩いて2〜30分。御嶽から電車で青梅へ戻る。JR青梅線で、20分足らず。

青梅駅に降りると、こういう看板がる。
青梅、映画看板の町。それを描いたのは久保板観、と。

駅の地下道、線路をくぐる道にも、久保板観の映画絵が描かれている。
ピエトロ・ジェルミの「鉄道員」。左下に、”板観画”という文字が描かれている。なお、右は、「ティファニーで朝食を」の映画絵。オードリー・ヘップバーンだ。もちろん、板観画。

改札を出る。
と、すぐ目の前に、「風と共に去りぬ」の看板。
原作・マーガレット・ミッチェル、監督・ビクター・フレミング、主演・クラーク・ゲーブルとビビアン・リー。どこをとっても、押しも押されもせぬ重量級の布陣。映画看板の町・青梅の駅頭を飾るに相応しい。
もちろん、久保板観の手になる看板。なお、この後出てくる映画看板、すべて久保板観の手になるものである。

後ろを振り返ると、青梅駅、このようである。
何やら、何というか、レトロだなー、という感じ。
青梅、”昭和レトロ”の発祥地らしい。映画看板の町でもあるが。

駅前から歩き出す。と、すぐに「鞍馬天狗」がいた。嵐寛寿郎・アラカンだ。
この店、一体何屋さんなのかな、と思った。小さく、「うめ、わさび、バニラ、抹茶 ソフトクリームあります。各250円」と書いてある。「青梅せんべい 1枚100円」とも、「手作り梅干し各種」ということも。そういうものを商う店だった。

右は、「街の灯」のチャップリン。左は、「100万長者と結婚する法」のマリリン・モンロー。

右は、フェデリコ・フェリーニの「道」。アンソニー・クインとジュリエッタ・マシーナだった。ニーノ・ロータによるテーマ曲、何ともいえぬ哀愁漂う調べ。曲の名は、女主人公の名、ジェルソミーナだった。
なお、左は、ヒッチコックの「鳥」。これは、怖い映画だった。

右は、昭和レトロ商品博物館。その左は、青梅赤塚不二夫会館。
外の壁には、「丹下左膳」とか、「ひばりの弁天小僧」とか、「宮本武蔵 一乗寺の決斗」とか、「怪傑黒頭巾」という看板が掛かっている。中には、昭和レトロがらみのものがあるらしいのだが、先を急いで入らなかった。青梅宿の街道沿い、映画看板がいっぱいあるので。

ソフィア・ローレンの「河の女」。マンボ・バカンだ。”マンボ・バカン”、曲の名である。しかし、おそらく、5〜60年前に生きていた人しか知らないだろう。そういう曲。それでいい。
それはそうと、手前の、肌もあらわな女は何なんだ、と思う人も多かろう。いや、いい女。
これ、もちろん映画看板である。溝口健二の「雨月物語」。この豊満ないい女、京マチ子である。

「バス停留所」。
ドン・マレイが演じる、田舎育ちの若いカウボーイ、町のロデオ大会へ来る。と、マリリン・モンロー扮する、町の酒場の女に一目惚れ。ロデオは上手いが、女にゃウブ、ときているんだ、この若いカウボーイ。ドタバタドタバタが繰り広げられる。
最後は、ハッピーエンドっていう映画だった。よかったね、カウボーイっていう映画。
それはそうと、この「バス停留所」の看板、実際に、今も使われているバスの停留所の上に付けられている。そのバス停自体、何やらレトロであり、洒落ている。

ここには、ビビアン・リーとロバート・テイラーの美男美女(これじゃ、美女美男か)の「哀愁」の看板。
その下の方には、ひばり(真ん中)、チエミ(右)、いずみ(左)の元祖3人娘の「じゃんけん娘」。知らない映画であるが。

「白鯨」。
ハーマン・メルヴィルの原作を、ジョン・ヒューストンが映画化した。グレゴリー・ペック扮するエイハブ船長、白鯨・モービー・ディックと闘う。最後には、力尽きる、というものだったような覚えがある。
下は、「失われたものヽ伝説」。私の知らない映画。

創業明治30年か、この店、ハラシマはきもの店。今は、靴屋。100年以上になるんだ。
表のガラス戸から中を見た。靴やサンダルが並んでいた。何とも言えない。
なお、この看板は「祇園囃子」。巨匠・溝口健二の作品である。描かれている人は、若き日の若尾文子。

「丹下左膳」である。
丹下左膳を演じてきた役者は数多い。時代劇で主役を張ろうという役者なら、一度は丹下左膳を演じておくべきもの。いや、4〜50年前までは。
中で、何といっても、「シェイは丹下、名はシャゼン」の大河内傳次郎が、よく知られている。
この看板は、阪東妻三郎・バンツマの丹下左膳である。
バンツマはもとより、とうの昔に死んだ。相手役の淡島千景も、今年死んだ。
青梅宿の映画看板に描かれている人たち、そのほとんどは、幽明界を異にする人たち。