最高の人生をあなたと。

ロンドンに住む夫婦の話である。共に、間もなく60歳になる。日本流に言えば還暦、アラカン世代だ。
結婚して30年、子供たちも独立した。夫は名の知れた建築家であるが、このところ落ちこんでいる。空港設計が得意なのだが、来るのは養老院の設計話、あまり気が乗らない。専業主婦で子どもたちを育ててきた妻も、このところ気が晴れない。記憶がポロッと抜けたりする。
年なのか。年をとった、と言うことか。

監督は、女流・ジュリー・ガヴラス。
邦題は、「最高の人生をあなたと」なんて、アラカンにもなってこんな言葉を吐く夫婦者などいるのかな、と思われるものとなっているが、原題は、「遅咲き」それに、「20歳×3」というサブタイトルが付いている。
脚本も書いたジュリー・ガヴラス、60歳に拘っているんだ。それ以前に、20歳に拘っている。
20歳は、若さの象徴、話は解かる。それと共にジュリー・ガヴラス、20歳か80歳だけが選択肢じゃない、とも言っている。中間もある、と言っている。アラカン世代のことだ。まだまだ、という意味合いを持たせている、この世代に。
でも、ジュリー・ガヴラスの言う”20歳か80歳”という括りに、私は、幾分か唸った。20歳は、盛りで解かる。そして、80歳は、これはもう終わり、という象徴。80歳になったらジタバタしなさんな、すべて終わりと心得ろ、ということであろう。的を射ているな、たしかにそうだ。はるか昔にアラカンを越え、それに近づく私、そう考える。
しかし、還暦、アラカン世代にとっては、まだまだ花も実もある年代だ。
アラカンの夫婦、実年齢もアラカンのウィリアム・ハートとイザベラ・ロッセリーニが扮するロンドンの夫婦、花も実もあるんだ。
夫の建築設計事務所の若い社員たちは、新しい美術館設計のコンペに夢中になっている。アラカンの夫、アダムという名前だが、それへの手助けをする。若い連中といると、何故か楽しいんだ。その内に、あろうことか、スタッフの若い女の子といい仲に、ということになる。アラカンのアダム、やるもんだ。
メアリーって名前の女房の方は、といえば、私も年なのかななんて考えている。もの忘れもあるし、と。ボランティア団体へ行く。何か無償の愛、というものをしようか、と思うがどこかしっくりこない。
アクアビクスへも行く。言ってみれば、プールの中で身体を動かす、というようなもの。来ている周りの連中は、若い連中ばかりで面白くはないが、一人、声をかけてきた男がいる。”みんな節穴ばかりで”、と言ってメアリーに声をかけてきた男がいる。ロンドンにもこういう男がいるんだ。
母親のイングリッド・バーグマンにそっくりなイザベル・ロッセリーニが扮するメアリー、その男といい仲になる。ロンドンのアラカン、やるもんだ。
当然、アダムとメアリーの夫婦仲、ぎくしゃくとしてくる。共に、いい仲の相手がいるのだから。
年取ってからの色恋沙汰、困るってのが通常だ。特に困惑するのは、子供たち。大抵の子供たち、いいかげんにやめてくれ、という思いが強い。この映画のアダムとメアリーの場合もそうだ。
結局、元の鞘に収まった。そういうものだと解かっていても、人生、そういうもの、と思う。