写楽。

大震災の影響で、会期を1か月ずらして始まった「写楽展」も、間もなく千秋楽となる。
暫く前、東博へ観に行った。ウィークデイにもかかわらず、多くの人が来ていた。写楽、その人気は、やはり、高い。
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このところの東博、以前に較べ宣伝に力を入れている。上野に降り、公園口改札へのコンコースに並ぶディスプレー、ニュースを流しているが、その合間合間に写楽展の広告が挟まる。幾つものディスプレーに。人も来る。
なお、ここに映っている大首絵は、<三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵の女房おしづ>。写楽第一期、黒雲母摺り、大判大首絵28枚のひとつ。華々しいデビュー作の一枚だ。
この瀬川菊之丞などは、まだいい方だ。女形、金壺眼に目尻の皺まで、あまり有り体に描かれても、役者も贔屓筋も、そりゃ怒るはな。

東博の入口横の看板のところ、いつも、チャリとバイクが停まっている。何の変哲もないこの構図、私は、好きなんだ。
なお、この大首絵は、ご存じ、<三代目大谷鬼次の江戸兵衛>。写楽の代表作のひとつ。もちろん、背景は、黒雲母摺り。
生没年不詳の謎の浮世絵師・写楽、その正体は?、というナゾ解き、それはそれで面白い。しかし、今回の東博での「写楽展」は、写楽の作品に正面から挑んだものだ。150キロを超える剛速球での真っ向勝負、というように、私は読んだ。
今現在、写楽作とされている版画、全146図中、142図を集めている。その内、世界に一枚しかない写楽の版画が、33図もある。凄い。
最近の東博、やや”空前絶後の”、という言葉のバーゲンセールをし過ぎるキライがあるが、この「写楽展」は、その言葉に偽りはない。もちろん、国内にある写楽だけでは成り立たない。
パリのギメ美術館(東洋美術に特化した美術館だ。素晴らしいコレクションを持つ)、オランダのアムステルダム国立美術館(ここも凄い。レンブラント、フェルメール、・・・・・すべて凄い。世界有数の美術館だ)、ボストン美術館(フェノロサ、岡倉天心以来、日本美術の聖地のひとつ)、ニューヨークのメトロポリタン美術館(言うまでもない。ないものはない、とは言わないが、ないものは、あまりない、とは言える)などから持ってきている。東博、リキが入ってる。

写楽のデビューは、寛政6年(1794年)5月。江戸三座、都座、桐座、河原崎座の夏狂言の役者絵で。背景は、鈍く光る黒雲母摺り。大判の大首絵、役者の顔、より引き立つ。
翌寛政7年2月を最後に、姿が消える。活動期間、わずか10か月。その間、146点の絵を残している。平均すれば、2日に1点。まさに、駆け抜けた。しかし、作品の質は、どんどん落ちていく。どうしてか。
版元・蔦重のせいだ、というのが定説だ。蔦重、正式には、耕書堂・蔦屋重三郎。写楽の版画の出版社でもあり、プロデューサーでもある。蔦重が、儲けに走ったからだ、というのが。さまざまな人が、いろんなことを言ってるが、この「写楽展」では、そんなことには立ち入らない。あくまでも作品、浮世絵。真っ向勝負。

平成館の壁に貼られた大きなポスター。”東日本大震災の・・・・・”、の文字が読みとれる。
展示の構成、大きく4つから成る。
1、「写楽以前の役者絵」。
浮世絵の祖・菱川師宣の<歌舞伎図屏風>があった。鳥居清長も。写楽以前でなく、同世代である北斎のデビュー作もあった。
2、「写楽を生み出した蔦屋重三郎」。
写楽といえば、蔦重だ。蔦重抜きでは、写楽は語れないし、成り立たない。蔦重、写楽を売り出す前には、歌麿をプロデュース、売り出していた。白雲母摺りの、歌麿の美人画を。ここでは、<婦人相学十躰>はじめ歌麿の美人画が多く並んでいた。歌麿の描く美人、どれも同じように見えないことはないのだが、やはり、ツボを抑えている。ウケるツボを。ニクイ。
3、「写楽の全貌」。
写楽の作品、これでもか、と並ぶ。再版、三版、版を重ねたのであろう、微妙に摺り色の異なるものもある。その比較もしている。それどころか、異版もある。つまり、新たに版を彫ったものだ。それも展示してある。蔦重の販売戦略、当たった時もあったのだ。
4、「写楽とライバルたち」。
写楽のライバル、何人かいる。その中で最大のライバルは、豊国だ。その両者の、同じ役者を描いた絵を並べてある。着物の柄など異なるが。
ところで、写楽が突然消えた理由のひとつに、豊国に敗れたからだ、という説がある。豊国の描く役者のほうが、大向う受けしたから、という。たしかに、そうかもしれない。第一期の写楽なら、やはり、軍配は、写楽だ。しかし、それ以降の写楽なら、そうかもしれない。写楽というより、蔦重の責任だな。プロモーション戦略の誤りだ。

平成館の入口のガラスに、写楽の大首絵が貼りつけてある。
左は、ポスターで扱われている<三代目大谷鬼次の江戸兵衛>。右は、<市川男女蔵の奴一平>。

出口の方にも。
左は、<二代目坂東三津五郎の石井源蔵>。右は、<三代目坂田半五郎の藤川水右衛門>。
さしたることではない、と言えばそうも言えるが、東博、工夫をこらしてきている。
たけしは1回のみだが、蔡國強は2回、ギューちゃんは3回続けた。だから、写楽のこと、暫く続ける。