帰ってきたNIPPON。

GHQの日本語による正確な名称は、「連合国軍最高司令官総司令部」というそうだ。
連合国軍最高司令官はマッカーサーであるから、マッカーサー指揮下の総司令部ということになる。
そのGHQの美術顧問に、シャーマン・リーという東洋美術研究家がいた。GHQ、戦犯の逮捕や財閥解体、農地改革、教育改革なんてことばかりをやっていたのではないんだ。美術顧問がいたってことは。
GHQ美術顧問のシャーマン・リー、その後クリーブランド美術館の館長となり、全米屈指の日本美術コレクションを創る。
そのクリーブランド美術館から人気絵師の作品が里帰りした。だから、”帰ってきたNIPPON”。

東博正門前の看板、「日本美術の祭典」となっている。
日本美術に関する特別展が二つ、並行して催されている。

1月下旬、まずクリーブランド美術館展を観に行った。

まず初っ端は、この≪雷神図屏風≫。
江戸時代、17世紀の作。作者は不詳。
しかし、「伊年」という印がある。「伊年」印、琳派の祖と言われる俵屋宗達の使用印にある、という。だからと言って、宗達の作とは断言できないようだ。
それにしてもこの雷神、その顔は人間というより何らかの動物のようで、どことなくユーモラス。

蘇我蕭白筆≪蘭亭曲水図≫。
王義之による蘭亭での曲水の宴、書の世界ばかりでなく、絵の世界でも多くの作品が描かれた。じっと見ると、やはり蕭白だ。f

雪村周継筆≪龍虎図屏風≫。
室町時代、16世紀。
龍にしろ虎にしろ、どこか親しみやすい顔立ちである。

河鍋暁斎筆≪地獄太夫図≫。
明治時代、19世紀。
「地獄太夫」、室町時代の遊女だそうだ。多くの絵師が題材としている。その着物の色彩が鮮やかであることによるのであろう。暁斎が描くこの地獄太夫もそう。その色彩、とても鮮やか。

深江蘆舟筆≪蔦の細道図屏風≫。
江戸時代、18世紀。
<蔦の細道図は、在原業平をモデルとするある男が東下りする際に、駿河国(今の静岡県)で出会った修行者に都の恋人宛ての和歌を託すという「伊勢物語」「宇津山」に取材したもの>、と東博ニュースにある。
実は、深江蘆舟筆の≪蔦の細道図屏風≫、もう1点ある。

東博所蔵のこれである。
この二つの≪蔦の細道図屏風≫、微妙に異なる。
画面右下が、水の流れか山かといったところ。従者と馬のポーズなどなど。
片やクリーブランド、片や東博。それもまた良しだ。
幾つもの興味深い作品があったが、今も記憶に残る作品がある。
渡辺崋山筆≪大空武左衛門象≫。大きな作品である。
大空武左衛門、熊本藩お抱えの力士。その身長、7尺3寸(221センチ)。臥牙丸よりもデカイ。その大空武左衛門、文政10年(1827年)江戸へ出てきた。その時の模様を渡辺崋山は描いている。実物大で。
だから、とても大きい。思い出に残る作品であった。


ソチオリンピックがあったり、パラリンピックがあったり、3.11の3周年があったり、春場所が始まったり、ウクライナでプーチンがチキンゲームを仕掛けてきたり、とこの1〜2か月何やかやがあった。
暫らくの間、その間に訪れた展覧会のことを記すことにする。