写楽(続き)。


ひと月ほど前、NHKで「浮世絵ミステリー 写楽〜天才絵師の正体を追う〜」、という番組が流された。
ギリシャのコルフ島の美術館に、扇子に描かれた写楽の肉筆画がある、という。何でも、20世紀の初頭、ギリシャの外交官が、パリで収集した浮世絵コレクションの中に含まれているらしい。
写楽の肉筆画はない、とされている。NHK、その真贋を探るため、大和文華館館長・浅野秀剛や、学習院大教授・小林忠などの専門家を派遣する。NHKらしい妥当な人選である。調査の結果、写楽の肉筆画であることに間違いない、と判断される。
ここまでは、いい。写楽の肉筆画、あってもおかしくはない。写楽の版下絵と言われるものは、残っているのだし。
その後、”ミステリー”と銘打ったタイトル通り、写楽の謎は二つ。その正体は?、なぜ忽然ときえたのか?、のテーマが追われる。浅野、小林両先生ばかりでなく、千葉市立美術館(ここは、浮世絵に力を入れている)の学芸員や、日本画家なども引き入れて。
結局、消去法により、北斎、歌麿、豊国、文晁、応挙などの、有名絵師説は、消される。版元・蔦重説も。故に、写楽の正体は、阿波侯の能役者・齋藤十郎兵衛、となる。もちろん、『増補・浮世絵類考』や、『江戸方角分』にも触れて。
しかし、私には、少なからぬ違和感があった。
オイオイ、如何にもNHKが、阿波侯の能役者・齋藤十郎兵衛を特定したように言ってるが、そんなこと、今までに言われていることじゃないか。それよりも、その論旨の進め方、写楽をシャカリキになって追いかけてきた、内田千鶴子や中野三敏のパクリじゃないか、と。

写楽の正体を追っている人は、多い。写楽は誰それ、という説も、30や40ではきかない。NHKに指摘されるまでもなく、齋藤十郎兵衛に決まっているのだが、皆さんシャカリキなんだ。多くの書が出ている。私も、いくらかは読んいる。
その中で、シャカリキ度が高い人が何人かいる。内田千鶴子もそのひとり。
内田千鶴子、内田吐夢(映画監督)の義理の娘。ある時、家の茶箱を整理していて、写楽を能役者・齋藤十郎兵衛に仕立てた映画を、という内田吐夢の手紙を見つけたそうだ。それがキッカケで写楽を追いかける。
<内田吐夢が、長年にわたり映像化したくとも出来なかった無念の原稿が、私を写楽探求に駆りたてた>、と彼女の著・『写楽失踪事件』(1995年、KKベストセラーズ刊)にある。内田千鶴子、その前年に『写楽・考』を上梓しているが、『写楽失踪事件』は、それを踏まえ、より踏み込んだもの。
”事件”なんて、小説のようなタイトルがついているが、版元・KKベストセラーズに押し切られたのであろう。この書、内田千鶴子の研究書である。写楽の正体を探るために、作画の対象となった江戸歌舞伎の状況や、役者の演技、同じ舞台を競作した他の絵師との比較、徹底的に調べまくる。
当時の能役者の給金も調べれば、大英博物館へも調査に行く。
そして、結論づけたのが、<写楽の正体は、齋藤十郎兵衛だった>、ということ。気合いが違う。
文字に較べ、映像は、力を持つ。中村獅童を狂言回しに使ったNHKの映像、面白かった。しかし、やはり、内田千鶴子の後追いだ。
江戸期の資料を、これでもかと読みこみ、”写楽、阿波侯の能役者・齋藤十郎兵衛に決まっているじゃないか”、と言っている中野三敏の書も面白い。いや、それ以上に、NHK、中野三敏に挨拶しているのかな、とも思うが、今は急ぐ。いずれ、機会があればだ。
NHK、30年近く前にも、池田満寿夫を使った写楽を追った番組を作っている。
私も、見たような気もするのだが、記憶、判然としない。何しろ、1年前、いや、1か月前のこともおぼろげ、という状態になっているので。
しかし、書籍の形で残っている。『池田満寿夫推理ドキュメント これが写楽だ』(1984年、日本放送出版協会刊)だ。
当時のNHKのディレクター・川竹文夫が企画し、池田満寿夫に持ちこんだものだ。書籍自体も、2/3以上は、川竹文夫が書いている。主役は、あくまで、池田満寿夫だが。


池田満寿夫に話が持ち込まれた時、放映日は決まっていた。それまでに、3か月しかない。はたして、写楽を特定できるか。まずは、写楽は誰それ説を唱えている人たちを訪ね歩く。皆さん、ユニークな人ばかり。滔々と自説を述べる。
中でも笑っちゃうのは、キャバレー王・福富太郎だ。
引退し、世捨て人となった私、今のキャバレーは、残念ながら知らない。しかし、当時の福富太郎のキャバレー・ハリウッド、儲かっていたそうだ。写楽に関するもの、バンバン買ってこい、という状態であったそうだ。キャバレー、・・・・・。まずい。写楽の話でなく、ヘタをすればキャバレーの話にいっちゃう。写楽に戻る。
NHKの取材班、福富太郎を訪ねる。福富太郎、FBI方式っていう名をつけた方法で、写楽の正体を追っているんだ。キャバレー、ハリウッドの事務所に「写楽捜査本部」という看板を掛けて。福富太郎、こう語る。
「うちの従業員の中で浮世絵に関心のありそうな奴を本部のメンバーにしてね、それから警察出身者を5〜6人やとってね。・・・・・もちろん古文書の読める大学院生も雇ったしね。・・・・・とにかくあの時代、寛政時代に活躍した奴を、浮世絵師だけでなく、あの頃の名のある人物を全部部屋に書き出してね、何十人も。その中にアリバイのない奴はいないか探したんですよ。アリバイってのは、・・・・・」、と福富太郎の話は続く。
FBI方式で、容疑者のアリバイをひとつひとつ潰していって、福富が、最後に突きとめたのは、司馬江漢なんだ。面白い。ついでながら、福富太郎、まだ健在だ。
NHK、池田満寿夫の推理に戻る。池田満寿夫、こう言うんだ。
絵描きの直感だが、絵描きというもの自画像を描くものだ、と言う。写楽が描いた役者の中に、写楽はいる、と。写楽の正体、絞りこまれる。4人になり、最終的に、これが写楽だ、となる。写楽は、無名の役者・中村此蔵だ、と。
今、冥界におわす池田満寿夫には申しわけないが、この説は間違っている。しかし、池田満寿夫の推理の過程、ひと月前のNHKの番組、内田千鶴子や中野三敏をパクったミステリーよりは、はるかに面白い。