つる、切られちゃった。

おっかさんと二人で暮らすジャック、”ミルクのようにまっ白”という名の牝牛を持っていた。しかし、その牝牛、ミルクを出さなくなってしまった。さあ、親子はどうする。
イギリスの民話『ジャックと豆のつる』のイントロは、こういうもの。今日も、ルビのいっぱいふってある本のお話。
ジャックは、牝牛を市場に売りに行くが、途中でじいさんと会う。と、何とジャック、牝牛と豆とを交換しちゃうんだな。怒ったおっかさんは、その豆を窓から庭に放り投げてしまう。晩飯も食わせてくれない。ジャック、気の毒だが、仕方がないか、な。
ところがだ。翌朝起きてみると、何と、夕べ放り投げた豆のつるが、伸びも伸びたり天まで届いている。ハシゴみたいに、どこまでも伸びてんだ。魔法の豆だったんだ。
知ってる、そんなもの。『ジャックと豆の木』の話じゃないか。誰でも知ってるワイ、と言う勿れ。まあ、そうもいうが、今日は、『ジャックと豆のつる』の話。どこまでも伸びる”つる”じゃないと、具合が悪い。
そうは言っても、どなたもご存じのお話なので、この後、新幹線なみにかいつまむ。
ジャックは、ハシゴのように伸びた豆のつるをよじ登って天へ行き、人食い鬼の家から金袋を盗んでくる。次には、黄金の卵を産むめんどりを盗む。さらに、黄金のハープも。三度もドロボーに行くんだ。豆のつるをよじ登って。
三度目には、追いかけてきた人食い鬼に、あわや捕まるか、となる。でも、逃げおおせたジャックは、斧で豆のつるを切り倒す。豆のつるに取りついた人食い鬼は、地上へ墜落、頭をぶち割ってしまう。
エンディングは、黄金の卵やハープでジャックとおっかさんは金持ちになり、ジャックはお姫さまとも結婚し、幸せに暮らしたとさ、というもの。
民話とか、お伽話とか、というものは、何ともヘンなというか、不思議なものが多いが、これもそうだな。
どこまでも伸びる豆のつるをよじ登るのはいい。しかし、いかに人食い鬼とはいえ、そこから金目のものを盗んでくるなんて。一度ならず、三度もドロボーに入っている。殺人、いや、殺鬼まで犯している。
こんなこと、いいのか。いいワキャないよ。いったい、どういうこっちゃ。その問題はあるのだが、今は措く。今日のテーマは、”つる”。
私が住むアパートの敷地内、多くの木がある。造成時に植えられたものもあるが、元から生えていたのだろう、と思われるものもある。この木もそうだろう。
実は、ある異変に気づいたので、今日、散歩に行く時に写真に撮った。

木の方じゃなく、そこに絡まっている”つる”が気にいっていた。

このように、木にしがみついたつるの模様が、何とも言えず。

木の根元の方。つるがよじ登っている。しかしだ、何時かは知らないが、そのつる、切られている。

このように。
つるの径も6〜7センチはある。ジャックは、豆のつるを、斧のふた打ちで切り倒したが、このつるは、ノコギリで切られている。無残やなは、きりぎりすばかりじゃない。
つるがからむ内はいいが、木に食いこんだり、締めつけるようになったりしたら困る、ということか。造園業者も、不粋なことをしてくれる。

10年、いや、もっと前から、つるの様子変わらなかったような気がする。少しずつは伸びてはいたのだろうが。
根元を切られちゃったのだから、この上の方のつるも、その内枯れてしまうのだろう。好きだったんだが。
ひょっとして、枯れたまま、そのまま木にからみついていてくれれば、それはそれで趣きのあるものになるのだが。案外、そうなるような気もする。私が、生きている間ぐらいは。

私の散歩、喫茶店へ行くようなもの。少し時間をかけ、本を一冊読みあげ帰ってくると、暗くなっていた。
外灯のボウっとした光に照らされているつる、暗闇の中に浮かんでいた。この光景も、好きだった。根元は切られたが、暫くは楽しめるだろう。
そうは言っても、つる、切られちゃった。
なお、初めのところで忘れたが、『ジャックと豆のつる』、木下順二の訳である。岩波の本。木下順二、「訳者のことば」に、こう書いている。
<ふつう「豆の木」と訳されて来たものを「豆のつる」と訳したのは私の自然な感じかたによるものだ>、と。
ウン、豆だろうと何だろうと、天まで届くようなものだから、”つる”がいい。