四十九日。

今日、3.11東日本大震災の四十九日。満中陰。
49日前、突然、生と死の狭間・中有の世界に投げ出された3万に近い人たち、無念ではあろうが、満中陰を迎えた今日、すべての方々が極楽浄土へ迎え入れられたに違いない。
昨日、天皇、皇后は、宮城県の被災地を見舞われた。
南三陸町の高台で、壊滅的な被害を受けた瓦礫の町へ、頭を垂れ黙祷をされていた。はるか前、サイパンのバンザイクリフで深く頭を垂れる両陛下の映像が、頭に浮かんだ。
仙台の避難所では、被災者の女性が、津波で流された自宅の庭に咲いていたという水仙の花を、皇后さまに差しだした。美智子皇后、かって阪神淡路大震災の被災地を訪れた時、皇居の庭で摘んだ水仙の花を、被災地へ捧げられた。皇后、仙台の被災女性から贈られた水仙の花を、ずっと持っていた。
常に思う。世界には多くの王室があるが、我が美智子皇后ほど、外見、内面共にノーブルな人はいない。その内面からにじみ出る気品のある面立ち、皇后さまが齢を重ねる毎に際だつ。
一昨日、ドナルド・キーンは、コロンビア大学で最後の講義を行った。
最終講義のテーマは、能だったそうだ。ドナルド・キーン、今までも、年の半分は日本で暮らしている。しかし、今度は、来月あたり来日し、日本への帰化申請をし、日本へ永住する、という。
88歳のドナルド・キーン、日本人として、日本の地で死のう、と決めたのだ。
日本の地には、紫式部も眠っている。世阿弥も兼好法師も眠っている。谷崎潤一郎も。何よりも、心通わせた三島由紀夫が眠っている。その地で、オレも死にたい、と。そう思ったに違いない。
日本への帰化、永住、その最終的な決断は、今回の大震災だという。その思い、涙が出るほど、嬉しかった。
82年前の今日、宮沢賢治は、「夜」という詩を書いている(『宮沢賢治童話全集 7』 編集・宮沢清六、堀尾青史、1964年、岩崎書店刊)。病の床で書いたものだ。
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     樹などしずかに息してめぐむ春の夜
     こここそ春の道場で
     菩薩は億の身をも棄て
     諸仏はここに涅槃し住し給うゆえ
     こんやはもうここでたれにも見られず
     ひとり死んでもいいのだと
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1929年(昭和4年)の今日、4月28日、血を吐き続ける宮沢賢治、こう詩っている。
何やら、地震と津波ばかりじゃなく、終息まであと何年、何十年続くであろう福島第一原発のことも、思わせる。
しかし、地震と津波で彼岸へ旅立たれた方々にとっては、今日は節目の四十九日、満中陰。西方浄土にあられんことを、とただ祈る。