存在と時。


人間という存在を選ぶことはできない。自らの意志とは関係なく、みな誰しも生れてくる。
しかし、サッカー選手という存在は、自らの意志で選んだものであり、自らに責任を持っている。
今日未明の決戦に快勝し、日本中熱狂した。だが、それは付随するもの、オマケであっていい。
私も興奮した。後半30分に遠藤のFKが決まった時には、窓外からパチパチという手を打つ音が聞こえた。思いもかけず、2点も先行した。勝ちが見えた。1次リーグ、突破できる。その思いが、未明の静寂を破るパチパチ音となったのだろう。
日テレが中継したこのゲーム、未明にもかかわらず30%を超える視聴率であった、という。瞬間視聴率は、40%に達した、という。日本中、沸いた。しかし、それは国民への贈り物、オマケだ。日本代表の選手は、あくまでも自らの存在を賭け、自らに責任を負って闘うことが、自然であり、当然だ。自らが選んだ存在に。
また、時、時間は、いつでも、どのような人にも一定である。1時間は1時間、1日は1日、1年は1年である。
しかし、時として、物理的な長さは一定でも、その為す作用には、変化が生じることがある。この代表チームの、このひと月の間の有り様を見ていると。
国民の過半が、1次リーグの突破は難しかろう、と思っていたのだから。私もそうであるが、みな内心を正直に晒せば。
未明のゲーム、デンマーク戦に、3対1という思いもかけぬ大差で勝ち、1次リーグを突破した試合を見た後、ボウとした頭で、こんなことを考えた。
その心地よいゲーム、日テレの中継映像で追う。

今回の公式球の上を日の丸が通る。
このボールが、今日使われた。今回の公式球、とても難しいボールだという。微妙に変化するらしい。
だが、今日、日本代表のメンバーは、このボールを使いこなしていた。各国の名だたる名手が手こずっているFKを2本も決めたのだから。

ゲーム開始前のペナントの交換。日本のキャプテンは長谷部。
黄色いシャツを着たスキンヘッドの人は、今日の主審。この人、非常に厳しい裁きをする人だった。前半早い時間帯に、遠藤が遅延行為でイエローカードを受けた。さほどのこととは思われなかったのだが。しかし、両チームに対し、とてもフェアな判定をしていた、と私は感じた。開催国・南アフリカの審判だった。

試合開始前、日本チーム円陣を組む。
黄色いキャプテンマークを巻いているのは長谷部、8番はひと月前から先発に定着した松井。その間にいるのは、背番号16ならば大久保、18ならば本田だが、体形からみて大久保のようだ。本田は、左奥に見える茶色い髪の男だろう。松井の右は、髪型から見て遠藤、右側に顔が見えている長髪の男は、闘莉王と共にゴール前を守る中澤だ。

ゲーム開始直後は、デンマークに押される。パスをいいように廻される。どうした日本、と思っていたら、前半17分、ついにその時がきた。相手ゴール右斜め、約35メートルのところでフリーキックを得る。
蹴るのは、もちろん、本田圭佑。無回転の弾丸キックを見せてくれ、日本中がそう思ったであろう。
本田、狙う。

本田、左足を振り抜いた。

デンマークのゴールキーパーは、左に跳ぶ。しかし、僅かに及ばない。
キーパー、本田のブレる無回転に惑わされた。本田がキックした後、身体を右側に移動させた。ブレるボール、そう思われたのだ。だが、ボールはその後、左へブレた。キーパー、対応できなかった。

本田の無回転シュート、ゴール左隅に突き刺さった。

ゴールを決めた本田に、大久保と長谷部が抱きつく。

前半30分、ゴール前でまたフリーキックを得た。
このような状況である。ボール近くにいるのは、遠藤保二。右側にいるのは、本田圭佑。どちらが蹴るか。


遠藤、オレに蹴らせろ、と言ったそうだ。本田、快く応じたという。
遠藤、右足を振り抜く。ボールはカーブし、相手選手が作る壁の右を巻いて、ゴールネット右隅に吸いこまれた。

フリーキックを蹴った直後の遠藤の右足。
遠藤のキックは、本田の無回転キックと異なり、オーソドックスなものである。俊輔が得意とするキックと同様のものである。だがしかし、オーソドックスなキックであるだけに、より高度なテクニックが求められるキックでもある。
遠藤、それを成しとげた。
今会のW杯、フリーキックからのシュートはなかなか入らない。不規則に変化する上に、よく伸びる。そういう公式球だからだ、と言われている。
たしか、2〜3日前、韓国対ナイジェリア戦で、韓国の選手がFKからのゴールを決めた時、今大会初のFKからのゴールだ、とアナウンサーが言っていた。今日、先程のブラジル対ポルトガル戦でも、世界屈指の名手・クリスチアーノ・ロナウドがFKからのシュートを狙っていたが、大きくバーを外れた。それほど、難しい。
それを、日本は、2本も決めた。本田と遠藤。この様子、世界中に配信されるだろう。

その直後の岡田武史。
ひと月前には見られなかった岡田の顔だ。

前半、2対0で折り返す。映っているのは、やはり本田だ。
前半のシュート数、日本6本、デンマーク7本。FKは、日本10本、デンマーク6本。しかし、ボール支配率は、日本41%、デンマーク59%となっている。
2−0で勝ってはいるが、デンマーク、攻め上がってきている、ということだろう。

そうだから、川島の活躍次第だ、後半は。
川島、よく防いでいる。残像のゴーストで、川島の後ろにデンマークの監督のオルセンの顔が薄く見える。このゲーム、オルセンの顔、終始このように歪んでいた。

そういえば、こういう場面もあった。倒れて、顔を苦痛で歪めているのは、川島だ。
相手の選手と絡み、暫く起き上がれなかった。
川島、それがお前の、お前が選んだ存在だ。そう思った。

後半35分、ペナルティーエリア内で相手選手と競った長谷部、ファールをとられる。PKを与えた。

デンマークのトマソン、慎重にボールをセットする。

トマソンのPK、川島、左へ飛びはじく。素晴らしい。

しかし、そのこぼれ球を右側へ押しこまれ、失点する。
PKを止めるのは難しい。しかし、そのこぼれ球を防ぐのは、より難しい。
この映像、川島、今度は右へ飛んでいる。その間、2〜3秒だった、と思う。川島、左へ飛んではじき、2〜3秒の間に、今度は右へ飛んでいる。防ぐことはできなかったが、凄い反射神経だ、と言えるであろう。

後半42分、本田からのパスを、岡崎慎司流しこんでゴール。
ひと月前まで、日本のワントップの座、フォワードを張っていた岡崎、その座を奪った本田のアシストでゴールを奪った。
岡崎、試合後にこう語っていた。あのゴールは、圭佑のゴールだ。しかし、嬉しい、と。

試合終了。日本、3対1で勝ち、1次リーグ突破する。
このジェローム・デーモンという南アの主審、厳格であり、フェアであった。

試合終了後の岡田武史。
選手たちがよくやってくれた、進化した、と話していた。まだ上を目指す、と。
岡田自身も、自らが選んだ監督という存在を賭けて戦った。日本の国のことなど考えなくていい。国民は、勝手に喜んでいるのだから。岡田と選手たちが与えてくれた贈り物に勝手に。
岡田武史は、自らの存在に責任を持って、次の勝負に向かってくれればいい。国民は、オマケでいいんだ。

試合後のインタビューで、本田圭佑、入る時には、入るものです、とサラッと言っていた。
世界一になる、ということを公言しているんで、まだ先がある、とも言っていた。
今日の3得点、すべてに絡んだ、とも言える本田、ほとほとニクイことを言うヤツだ。

俊輔の出番も、と思っていたが、日本が2点先制したので、その出る幕はなかった。
大分ブレているが、このオレンジ色のベスト、控え選手のベストを着ているのが俊輔だ。手を叩いている。俊輔の胸中は、知らない。外野では、どうのこうのと喧しいが、その内実は、俊輔自身にしか解からない。しかし、俊輔が自ら選んだ、存在と時間ということを考える。
今日、近所のコンビニで買ったスポーツ紙によると、昨年夏、本田がオランダリーグからロシアリーグのCSKAモスクワへ移った時の移籍金は1000万ユーロ(約11億円)だった、という。今、それは、2000万ユーロ(22億円)から3000万ユーロ(約33億円)になるだろう、と言われているそうだ。
物理的な時間の流れは、一定である。しかし、誰しにも、等しいワケではない。