不惜身命の男。
いや、驚いた。
昨日、「やはり、このままではイカン、という親方が、あと2〜3人、・・・貴乃花に入れるなんてことがあるのかな。見ものだが、まあ、ないだろう」、と書いたが、それがあった。
今日の相撲協会の理事選、基礎票は、自らを合わせ、同志7人、オレ流の信念を貫き、玉砕覚悟で立った貴乃花が当選した。3票も上乗せして。2票は、理事候補擁立に関し、ごたつきがあった立浪一門から流れたようだが、あと1票は、二所一門からの票。
昨夜、一門の親方衆を集め、最後の意思確認をした後、「もう、裏切り者は出ない」、と豪語していた二所ノ関や放駒にとっては、ショックであろう。
いかに投票システムを変えたとはいえ、この上乗せ3票を投じた3人の親方は、すぐに特定されるだろう。しかし、立浪一門の親方衆も、二所ノ関一門の親方衆も、そして、他の一門の親方衆も、そんなことをしてどうするか、という思いになるだろう。変わったんだ、ということに思い至るんじゃないか。
理事当選後の貴乃花、「身の引き締まる思い。・・・重圧を感じている。・・・理事長のもと、与えられた仕事を全うしたい」、と語っている。いかにも、クソ真面目な貴乃花らしい。横綱に推挙された時、「不撓不屈の精神で、相撲道の為、不惜身命を貫く」、と言った時と同じ心境だろう。
そういう男なんだ。勝ち目がない、といわれた理事選に、一門を離脱してまで、立候補した、というのもそうだ。相撲道の為、こうだ、と思ったことには、突き進んでいく。具体的には、何をやるのかよく解からないこともあるが、そんなことより、まず思いがある。クソ真面目といえばクソ真面目、だが、凄いといえば凄い。
以前にも書いたが、私は、現役時代の貴乃花ファンではない。あまりにも正統派の横綱であったからだ。私がいう正統派の横綱とは、大鵬のような力士をいう。貴乃花もそうだし、今後の白鵬もそうなるであろう。このタイプの横綱は、私好みでなく、北の湖とか、今引退の瀬戸際にある朝青龍のような、皆から、憎たらしいとか、問題ありとかいわれている力士に面白味を感じていた。とはいっても、朝青龍は、先日も書いたように、今、引退しろ、と思っているが。
それはそれとして、貴乃花ファンでない私が、こいつは並みの横綱じゃない、凄い力士、横綱だ、と感じたことがある。
私が相撲を観ているのは、殆んどテレビで観ているにすぎないが、本場所を観た時期が2回ある。最初は、中学時代に同級生の親父さんが相撲好きで、2〜3度連れて行ってくれた時。あと一回は、15〜6年前から4年前の10年ちょっとの間、毎年1回か2回、取引先の招待で枡席で観ていた。
私の想い出の一番は、その頃、平成9年(1997年)の9月場所の11日目、両国国技館の枡席で観た、貴乃花と小錦の一番なんだ。その日の貴乃花の相撲を観て、こいつは、なんて凄い相撲取りなんだ、なんて凄い横綱なんだ、と思ったんだ。
貴乃花、の相撲では、よく最後の優勝となった、平成13年(2001年)5月場所の武蔵丸との優勝決定戦がいわれる。右膝の半月板を損傷しながら、武蔵丸を投げた、鬼の形相の貴乃花。小泉純一郎が、土俵上で、「痛みに耐えてよくやった。感動した!」、と叫んだ時の相撲だが、私にとっての一番は、平成9年9月場所の小錦との一番だ。
この頃の貴乃花、全盛期はすぎ、円熟期に入っていた。対する小錦は、大関から落ちて久しく前頭に落ちていた。しかも、この場所、初日から、休場をはさみ、途中出場するも、10日目まで全敗。11日目に貴乃花と当たった。小錦にとっては、おそらく最後の横綱戦、誰もがそのことを解かっていた。貴乃花も解かっていた。
ここからが、貴乃花の凄いところなんだ。衰えた小錦、その日まで、対戦相手は皆、小錦の動きをヒョイとかわして勝っていた。しかし、貴乃花は、違った。貴乃花は、小錦の突進を正面から受けた。かわせば簡単に勝つ。だが、貴乃花は、まともに受けた。おそらく、こう考えたんだ。角界の先輩である小錦関の最後の横綱戦、まともに受けなきゃ失礼になる、そう考えたんだ。
衰えたりといえども、小錦の巨体、そのぶちかましをまともに受けた貴乃花は、ズルズルと土俵際まで追い込まれた。国技館の館内、オッー、と沸いた。かろうじて徳俵に踏みとどまった貴乃花、右上手を取り、上手投げに仕留めた。この翌場所、小錦は引退する。その先輩力士に対し、貴乃花は、礼儀をつくした相撲を取った。
目の当たりにそれを観た私は、涙がでた。貴乃花ファンではないが、こいつは凄い相撲取りだな、凄い横綱だな、と思った。相撲とは、こうあるべし、と考える貴乃花の姿勢は、今に至るも一貫している。
相撲道の為、「不撓不屈の精神で、不惜身命を貫く」、という姿勢は、変わらない。凄い男である。
今後、相撲協会の中で、それがどう生かされるのか、生かされないのか、解からないが、一門のボスの締めつけに逆らった、プラス3票の親方衆、いいことをした。