囲碁命・趙治勲。

晴れ。
しまった、今日は日曜だったか、と思いテレビをつけるが、遅かった。
それでも、まだ30分近くはあるものな、終盤だけでも観るか、と思うが、ちょうど勝負がついたところだった。勝、河野臨、と出ていて、カメラが動くと、モジャモジャ頭が見えた。すぐ解かった。アレ、今日は、趙治勲だったのか、じゃ、負けたのは、趙治勲だったのか、それにしても、早い終局だな、と思う。
趙治勲の碁は、”しのぎ”の碁である。もうそろそろ手を入れなければ、危ないんじゃないか、死んじゃうんじゃないのか、と思われるところでも、なかなか手を入れない。観ている方は、ハラハラする。が、そこが、なんとも、堪らない。いったい生きはあるのか、こんなに囲まれた中で、という局面でも、しのぎにしのぎ、生きをみいだす。
だが、今日は、違ったようだ。河野臨も、若手の実力者、どこかを、殺されちゃったようだ。それで、放送終了時間まで、30分近くも残した時間に投了、中押し負けしたんだな。ギリギリのしのぎも利かなかったんだ。
そう、NHK杯囲碁トーナメントの話である。4月から、翌年の3月まで、1年かけて、毎週、3チャンネルで放送している。今日、負けたということは、次回のトーナメント、来年の4月以降でないと、もう趙治勲の碁は、観ることができない。残念だが、仕方ない。
相撲同様、囲碁の棋士にも何人か、贔屓の棋士がいる。中で、最も好きな棋士が、趙治勲だ。
囲碁界でも、タイトル戦の主力は、若手棋士が主力となっているが、今年53歳の趙治勲、まだ、バリバリの超一流だ。
勝負に対する執念は凄い。ブツブツとボヤキにボヤキ、モジャモジャ髪(私の知る限り、今、日本で一番のモジャモジャ髪じゃないかな、多分)を掻き毟り、頭をガンガン叩きながら、考えられない手を打つ。
韓国釜山生れの趙治勲、わずか6歳で来日、木谷実に入門する。
同門には、少し上に、石田芳夫、武宮正樹、加藤正夫、といったかって一世を風靡した俊秀がおり、さらに、生涯のライバルとなる小林光一がいる。因みに、今日の相手・河野臨は、その小林光一の弟子である。
11歳で、入段。これは、最年少記録。
18歳で、プロ十傑戦に優勝。
24歳で、名人位獲得。以後、5連覇し、史上初の名誉名人となる。
26歳で、鶴聖、十段、本因坊、名人、の4冠。
27歳で、棋聖、名人、本因坊をすべて獲得、大三冠を成す。
こんなことを書いていたら、きりがない。趙治勲のこれまでのタイトル獲得数は、71。前人未到、史上1位である。
また、大三冠に、十段、王座、天元、碁聖、を加えた7大タイトル戦というものがあるが、今年、20歳4カ月で、最年少名人位を取った井山裕太(彼については、以前いつだったか、このブログに書いた記憶があるが)は、7大タイトル戦の最年少記録も更新したわけだが、それまでの記録は、20歳5カ月の趙治勲であった。
なお、7大タイトルをすべて取り(グランドスラムだ)、大三冠も成したのは、趙治勲のみ。他に誰もいない。
それはさておき、早い投了の後、解説の武宮正樹も入っての感想戦となった。盤上、石をあちこち動かし、主に趙治勲と武宮が喋る。勝った若い河野臨は、時折り口をはさむのみ。趙治勲と武宮に喋られていては、話づらいだろう。ここでは趙治勲の顔つきも、いつもの対局中の厳しい顔から一転、普段の顔に戻る。
「そうか、ここへ打つんだったか」。「ン、こうくれば」。「ああ、そうか」。「ここ、死んじゃいそうだものな」。「ここは、ひとつ伸びとくんじゃないかな」。「ン、そうか」。「このハネ、どうする」。「ここいらか」。・・・。木谷一門の兄弟弟子である、武宮と趙の感想戦が観られた。囲碁は、対局を観るのも面白いが、局後の感想戦も面白い。
今日、気がついたが、趙治勲のモジャモジャ髪の頭頂部が、大分薄くなってきている。薄いというより、ハゲてきている。囲碁の鬼、囲碁命、の趙治勲も53歳。6歳の時から今まで、勝負の世界で、ずいぶん頭を使ってきたもの、こうもなろうな、と思う。
20年少し前、趙治勲は、交通事故で大怪我をした。全治3カ月の重傷を負った。病院へ担ぎ込まれた趙治勲、こう言ったそうだ。「碁が弱くなっちゃいけないから、麻酔は打たないでくれ。このまま手術してくれ」、と医者に懇願したという。結局、下半身のみは麻酔をかけ、激痛に耐えながら、手術を受けた、という。
その後、一時は、車椅子に乗っての対局をしていた憶えもある。が、さすがにその頃、無冠になった時期がある。
その後は、また復活、タイトルを重ねている。しかし、いかな趙治勲でも、その獲得スピードは、衰えているが。それでも、まだまだ超一流。前人未到、史上1位のタイトル獲得数は、まだまだ更新されるだろう。
私が、趙治勲に魅かれるのは、なにも記録がどうこう、ということばかりではない。全身麻酔を拒否、下半身のみの麻酔で激痛に耐え、頭を守った(医学的見地から言えば、今の全身麻酔、頭に影響が残ることは、まあないのだが)、という囲碁命、の心意気にある。
小学校にも入る前、碁が強くなる為日本に来た、趙治勲の”囲碁命”の生きざまに、魅力を感じるからだ。
こういう男、好きなんだ。