グラン・トリノ。

晴れ。
「キネマ旬報」の創刊が、1919年だったなんて知らなかった。
今年、創刊90周年を迎えたという。すごいことだ。それを記念して、オールタイム・ベスト・テンを発表した。日本映画、外国映画、それぞれのベスト・テンを。ずっと時代を遡り。映画評論家、作家、文化人といわれる人たちの投票によって。
外国映画のベスト・テンの中から、めぼしいもの(専門家が選んだベスト・テンから、めぼしいものなんて、おこがましいことであるが、要するに、私が観たもの、という意味)を拾ってみると・・・
(1)フランシス・フォード・コッポラの『ゴッド・ファーザー』、(2)マーティン・スコセッシの『タクシー・ドライバー』、以下、『ウエストサイド物語』、『第三の男』、『勝手にしやがれ』、『ローマの休日』、『駅馬車』、『天井桟敷の人々』、『道』、『めまい』、『アラビアのロレンス』、『地獄の黙示録』、そして、今年の封切作品として唯一、『グラン・トリノ』が選ばれている。
ベスト・テンとはいっても、同率というか同位というものがある為、18作品が選ばれているのだが。私が観ているのは、2/3か。映画など観ない時期もあったからな。致し方ない。
それにしても、映画史に残る名作も、ずいぶん変わってきているな、という感を持った。
私の若い頃は、名画ベストテンというものには、必ず、エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』とか、オーソン・ウェルズの『市民ケーン』とか、ジャン・ルノワールの『望郷』や『大いなる幻影』、などが上位にきていた。今回のキネ旬のベスト・テンには、これらのものは、一作も入っていない。時は移る、を実感した。
キネ旬では、10年前の1999年にもベスト・テンの発表を行っている。キネ旬のHPを見ると、当時のベスト100までの作品が出てきた。
10年前に選ばれた堂々の1位は、オーソン・ウェルズの『第三の男』であったが、6位に『市民ケーン』、18位に『戦艦ポチョムキン』、そして、19位に『大いなる幻影』、が選ばれていた。10年前には、戦前の名画も、まだ影響力を持っていたんだ。
今回1位の『ゴッド・ファーザー』は、10年前には、7位、今回2位の『タクシー・ドライバー』は、10年前には、なんと32位、今回ベスト・テン入りのその他の作品は、概ね10年前にもそこそこのところにいるが、『地獄の黙示録』は、21位、となっている。
『地獄の黙示録』もコッポラの作品。この10年で、コッポラやスコセッシの評価が、グンと上がっていることがよく解かる。
同じく戦争を扱っても、『大いなる幻影』は、第一次大戦中の独仏の人間個人の情感、哀感を描いたもの。ベトナム戦争を扱った『地獄の黙示録』は、戦争の狂気を突きつけたもの。ジャン・ギャバンとマーロン・ブランド、ともに私の大好きな役者であるが、時が違えば、映画のコンセプトが、まったく異なるのも当然だ。
さらに今、従来の戦争の定義には当てはまらない戦争が続く、アフガンやパキスタンの地では、個人の情感や哀感など、まるで遠い殺戮が日々行われている。コッポラに、イラク、アフガン、さらに、パキスタンへと続く、現代の争いの不毛な狂気の様を、ぜひ撮ってもらいたいものだ。
少し横道にそれたが、キネ旬のオールタイム・ベスト・テンに、唯一選ばれた今年封切の映画、イーストウッドの『グラン・トリノ』、いい映画だった。「アメリカ人、見直すぜ」、という思いを抱いた。
主人公は、朝鮮戦争への従軍経験を持つ、デトロイトに住む、リタイアした元自動車整備工。フォードに勤めていた。だから、乗っている車は、グラン・トリノ。名前は、ウォルト・コワルスキー。
何々スキーという名前、ポーランド系だ。ポーリッシュは、デトロイトには多いらしいが、白人とはいえ東欧系、全米ではマイノリティー。典型的な白人マイノリティーだ。
だからこそ、典型的な愛国者なんだ。家の前に、星条旗を掲げている。オレは、国を愛するアメリカ人なんだ、と。ニガーやイエローは、嫌いなんだ、と。おまけに、たまに訪ねてくる子供との折り合いも悪い。上手いな、イーストウッドは。演技も上手いが、監督術も上手い。主人公の心情、よく解かるんだ。
ところが、あろうことか、隣りにアジア人、イエローのモン族の一家が越してくる。当然のことながら、気にくわない。だが、このブルーカラー出身の一人暮らしの偏屈老人、次第に、彼らと心通わせるようになる。そして、哀しい結末をむかえる。
涙した人は、多かろう。私も涙した。イーストウッドに、やられた。映画史に残る名画に選ばれて、当然であろう。
それにしてもイーストウッド、この作品の前の監督、主演作品である『ミリオンダラー・ベイビー』でも、主テーマではなかったが、プア・ホワイトの問題を描いていた。世界唯一の強国ではあるが、その内部にさまざまな問題を抱えるアメリカという国を、熟知している。それと共に、観客を引きずりこむ手だてを、よく心得ている。
名匠にして、手練れの職人だ。