ライバル。

晴れ。
昨日、文化功労者に選ばれた15名の中に、大鵬が入っていたのも良かった。
角界初だとのこと。大鵬以前の角界では、双葉山と栃錦が、現役時代のみでなく引退後も含め、日本文化としての相撲という意味で、功労者ということになろう。しかし、その頃は、政府の考える文化の範疇に、スポーツは入っていなかったと思われるから、致し方ない。
幕内優勝32回の記録は、傑出したもの。未だ破られていない。強い横綱であったが、負けない横綱でもあった。日ロ混血のハーフ、甘いマスクで人気も絶大であった。
昭和15年、サハリン(樺太)で生れ、ソ連の参戦、侵攻により、九死に一生の思いで、日本に引揚げた。白系ロシア人の父親の記憶はない、という。中学を卒業後、営林署で働き、相撲の世界に入る。
若くして横綱になるが、自分は天才なんかじゃない、人一倍努力をした、という。<当時、なにかにつけて、巨人の長嶋さんを引き合いにだされたが、私はあの人のような天才でもなければスターでもない。私は南海の野村選手のように下から苦労してたたき上げた努力型なんだ>、と言っている。
日経新聞の最終面、文化欄の長命連載「私の履歴書」(なお、この長期連載の目玉は、日経文庫に入っている)に、大鵬自身が書いていることだ。
ともかく、稽古をしなければならない。四股に鉄砲、そして、ぶつかり稽古を、と繰り返す。相撲道、とも。最近でも、時折り出てくる時のコメントでも感じられるが、現在の力士の稽古ぶり、また、生活態度には、苦々しい思いを多く持っている。特に、朝青龍なんかには、そうであろう。
実はあの時代、私は、柏戸が好きであった。大鵬の強力なライバルである。剛の柏戸、柔の大鵬、と言われた。私は、立会い一直線、電車道に攻め込む柏戸の相撲に魅力を感じた。大鵬と柏戸、横綱には同時に昇進した。柏鵬の時代だった。
なにごとも、ライバルがいないことほど、面白くないことはない。特に、勝負事はそうだ。豪放磊落な柏戸に対し、柔軟慎重な大鵬、四つも右と左の喧嘩四つ、立会い一気の柏戸、組みとめての大鵬、何から何まで対照的な好敵手だった。人気の大鵬に対し、玄人好みの柏戸、と言われた。
しかし、相撲取りとしては、大鵬の方が上だった。幕内通算、大鵬の21勝16敗。なにより、幕内優勝回数、大鵬の32回に対し、柏戸は5回しかしていない。大鵬は、大横綱となり、柏戸は、強い横綱と言われるにとどまった。大横綱・大鵬を作ったのは、強力なライバルであった柏戸であった。共に横綱となった後は、仲も良かった、という。柏戸あっての大鵬だった。
柏戸が、平成8年、58歳で死んだ時には、大鵬は、ショックを通り越して茫然とした、という。大鵬は、こう書いている。<よき目標であり、ライバルであり、友人であった柏戸さんに出会えて私は本当に幸せだった。あなたがいたからこそ大鵬があった、と感謝している>(『私の履歴書』)、と。
その通りだ。だから、柏戸フアンの私も、大鵬が、文化功労者に選ばれたことが、殊のほか嬉しい。草間彌生が選ばれたことと共に。
しかし、角界のライバルは、互いに、なにか不思議な思いを持っているな。土俵の上では火花を散らす闘いをしながら。
栃若と言われた、栃錦と若乃花(初代)もそう。現役時代ばかりでなく、オレの後の理事長は、彼以外なし、を貫いたものな。栃錦は。輪湖と言われた、輪島と北の湖もそうだ。
不祥事で角界を追われた輪島に対し、北の湖は、毎場所、個人として升席のチケットを送り続けていた、という話を何かで読んだことがある。あの憎たらしいほどふてぶてしい北の湖が。自分は今、協会トップの理事長の立場にある。だが、現役時代のライバル・輪島は、不遇の中にある。寂しい、との思いがあったであろう。協会に顔向けのできない輪島は、一度も行かなかったそうだが。しかし、心の中では、通じるものがあったろう。
しかし、私が、角界のライバルとして思い出すのは、北玉時代の北の富士と玉の海だ。この両者も強力なライバル。昭和45年、この両者も同時に横綱に昇進した。だが、玉の海は、翌年、虫垂炎の手術後、肺血栓で急死する。現役横綱で、27歳の若さで。その知らせを聞いた北の富士は、人目もはばからず号泣したという。ライバルを失った悲しみ、辛さに。
しかし、私が、思い出すのは、そのことではない。NHKの相撲解説に出てくる北の富士、最近は言わなくなったが、暫く前までは、玉乃島が出てくると、何か感じが違うんだ。何か玉乃島については、優しいというか何というか、他の力士とは違うトーンでのコメントをしていた。
玉乃島の四股名は、北の富士の現役時代のライバル・玉の海の、玉の海襲名前の四股名である。現在の玉乃島は、前頭を行ったり来たりしている力士だ。しかし、北の富士にとっては、玉乃島の四股名は、忘れられない名前であるんだ。懐かしいライバルの名前なんだ。だから、今の玉乃島に対してもその思いが、知らず知らず出てしまう。そう感じたな。
ライバルは、忘れようたって忘れられない。ライバルあってこそのオレ、みなそう思っている。この感情、不変だな。