心に残る死。
相撲取りは概ね短命な人が多いが、この人もそうであった。
第55代横綱、現日本相撲協会理事長・北の湖が死んだ。今朝救急車で病院へ運ばれ、夕刻死したという。享年62。
北の湖、史上、最も若くして横綱となった。強いなんてものじゃなかった。”憎たらしいほど強い”と言われた。「我こそ相撲の通」という人以外、北の湖が好きだという人は少なかった。私もそうであった。しかし、だんだん好きになっていった。不思議だ。
それ以前、大鵬が圧倒的に強かった時代がある。巨人・大鵬・卵焼きの時代だ。卵焼きはさておき、私は巨人も大鵬も好きではなかった。だんだん好きになっていくということもなかった。だが、北の湖の場合には、だんだん好きになっていった。今思うと、小憎らしいが故に、ということがあるのかもしれない。
実は、九州での今場所、ほとんど見ていない。記憶にあるのは、白鵬が隠岐の海をやぐら投げで仕留めた7日目の終盤ぐらい。今日も日中出ていたが夕刻帰宅、終わり3番のみ見ることができた。
その3番、稀勢の里と豪栄道の一番、カド番の豪栄道が勝ち、豪栄道7勝6敗、稀勢の里8勝5敗。白鵬と日馬富士の横綱対決は、立ち合い日馬富士左へ飛び勝つ。結びの鶴竜と照ノ富士は、足が癒えていない照ノ富士が勝ち、照ノ富士7勝6敗、鶴竜8勝5敗となる。
皆さん横綱、大関である。なんじゃこれ、この成績は。この時刻、病院で死の時を迎えていたであろう北の湖はなんて思う。情けなやお前たち、と思うのではなかろうか。
私には、稀勢の里と豪栄道の一番など、”無意識下の注射”に思えてならない。
相撲をさほど見なくなったのは、毎日ふらふら出歩いていることにもよるが、土俵自体に興味が失せつつあることにもある。
現在の大相撲、緊迫感がなくなっている。はっきり言って雑駁だ。絶対王者である白鵬にしたってそう。その相撲、雑なものとなっている。他の力士が弱いから白鵬が勝っているにすぎない。それ故、今の大相撲、面白くない。
”憎らしいほど強い”北の湖の時代と同次元ではない。残念だ。
北の湖から数々の叱責を受けたあの朝青龍が、こうツィートしているそうだ。「悲し涙が止まらない」と。あの朝青龍が。北の湖、そういう男だったんだ。
私は、輪島大士のコメントを待っている。
”憎らしいほど強い”北の湖と唯一互角の勝負を繰り広げたのは、”黄金の左”輪島であった。輪湖時代を築いた。
輪島、不祥事で相撲協会から追われた。身から出た錆ではある。しかし、元横綱・輪島大士、その後は厳しい人生を送っていた。その輪島に日本相撲協会のトップ・理事長となった北の湖は、毎場所チケットを送っていたそうだ。このこと以前、何かで読んだことがある。
しかし、チケットを送られた輪島は本場所を見に行くことはなかった。相撲の世界を追われた輪島、本場所の土俵を見に行くことはなかった。見に行けなかったのだ。何年か前、20数年ぶりでNHKの番組に出るまで。
今の相撲界にこのような物語を紡ぐ現象はあるか。
若くして横綱となり、日本相撲協会のトップとなり、人知れず宿敵に手を差し伸べ、本場所中のある日、救急車で病院へ運ばれ、急死した北の湖。
その死、心に残る死となった。