時は流れる。

晴れ。
今日夕刻、20歳の名人が誕生した。
昨日から、熱海のあたみ石亭で打ち継がれていた、第34期囲碁名人戦第5局、176手までで名人・張栩(ちょう・う)が投了、挑戦者の井山祐太が、中押し勝ち、4勝1敗で、新名人となった。
井山祐太、20歳4ヵ月、史上最年少の囲碁名人となった。これまでの最年少名人位獲得者は、1965年の林海峰の23歳4ヵ月。その記録を、44年ぶりに更新したことになる。
ここで、おかしいじゃないか、第34期なのに、どうして44年ぶりの記録更新なんだ、と思われる方もあろうが、そうなのである。名人戦は、囲碁に限らず、将棋の世界でも同じようなことがあるが、主催社の違いによって、何期かに渉っているのである。はっきり言えば、新聞社の分捕り合戦、よりはっきり言えば、朝・毎・読の分捕り合戦の歴史がある。で、現在の主催社は、朝日新聞社。因みに、名人位の賞金は、3700万円である。
だから、第34期の名人であっても、歴代では44年ぶりの記録更新となる。
それはさておき、張栩は、この日まで日本囲碁界7大タイトルの内、5大タイトルを有する第一人者である。その第一人者・張栩を弱冠20歳の井山が破った。
実は、昨年も井山は張栩に挑戦している。しかし、昨年は、3勝4敗で、惜しくも敗れた。今日の夕刻、勝ちをおさめた後、「この一年間、一所懸命勉強してきた。うれしい」、と語ったそうだ。この1年間、寝ている間も、頭の中では碁盤が浮かび、一手一手最善手を追い求めていたこと、想像に難くない。
しかし、私が、「そうか」、「そうなったか」、と思ったのは、井山の勉強ぶりのことではない。碁打ちなら、当たり前のことである。私が、「やはり、そうか」、と思ったのは、井山の20歳のことばかりではない。
実は、現在の第一人者・張栩も29歳、29歳の若者から20歳の若者に、名人位が移ったことである。29から20へ。
また、実は、であるが、前述の林海峰が23歳で最年少名人位獲得、という40何年前には、名人の位は、4〜50代の棋士が争っていたのである。坂田栄男とか高川秀格とか藤沢秀行とかといった、中年の碁打ちが。彼らの顔を見ただけで、勝負師という顔の男ばかりが。囲碁の世界ばかりでなく、人生なんでもこなしてきた、といった顔つきの男の世界だった。
それが、今、張栩にしろ井山祐太にしろ、なんとなく優男、ごく普通の顔つき。勝負師という感じなど、受けない若者である。時は流れた、という思い、しきりである。