やまとめぐり(12) 安倍文殊院。

近鉄桜井駅近くの宿に入ったのは、6時ぐらいではなかったか。老年に差しかかろうかという女の人が一人いた。「宿帳を書いてください」、と言われ、住所、氏名を書いた。
「部屋は3階です」、と言って鍵をくれた。もちろんエレベーターなどはない。階段を上がると、3階には5、6部屋ある。6畳の部屋に風呂とトイレがついている。年季の入った宿である。5、60年は経ってるな、と思う。
暫らくひっくり返って休む。7時ごろ飯を食うため外へ出る。駅の近辺、暗い。ほとんど何もない。かろうじて幾つかの居酒屋が見られるのみ。その一軒で少し飲んで、少し食った。
翌朝、朝飯を食うため下へ降りた。昨日の女の人が一人いて、朝食が用意されていた。しかし、その部屋にいるのは私だけ。他に誰もいない。そういえば、前の夜も人の声を聴かなかった。その宿に入ってから会った人も、老年にさしかかろうかという宿の女の人一人のみ。私以外、誰も泊まっていないのか。
おんぼろの宿に泊まることはある。昨年夏も、三陸の久慈で年季の入った宿に泊まったが、その宿では他の宿泊客の声が聴こえていた。しかし、この桜井の年季の入った宿には、どうも私以外誰も泊まっていないようであった。
不思議な思いを抱いた。
翻って考える。
前の日には大和八木のホテルに泊まっている。桜井は大和八木から近鉄で3駅、5、6分のところ。宿を移す必要があるのか。改めて考えると、ただ桜井に泊まろうと思っただけであるな、と思う。大和の桜井に泊まろう、と。
ところで、今日、トルコでクーデターが起こった。鎮圧された模様だが。
また、3日前には、今上天皇が生前退位のご意向をお持ちであるとのことも報じられた。どう対応すべきか、とても難しい問題である、と政権幹部も有識者、専門家も語っている。
時計をグルッと巻き戻そう。
1400、500年前に。7世紀半ばに。
皇極天皇4年(645年)6月12日のことである。大和王朝でクーデターが勃発した。
中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を暗殺する。場所は飛鳥板蓋宮。皇極天皇の面前で。
大和政権、政権争いが続いていた。天皇家と豪族・蘇我氏の間でも。天皇の位をも左右する蘇我氏の専横が原因、というのがまあ常識的なものであるが、権力闘争、さまざまな側面も持つ。
いずれにしろ、中大兄皇子と中臣鎌足、蘇我入鹿を殺害した。翌日、入鹿の父・蝦夷も自死、蘇我本宗家、これにて絶えた。
「乙巳の変」である。
元号は大化と改められる。
いわゆる「大化の改新」である。
皇極天皇は退位、弟の孝徳天皇が即位する。後に天智天皇となる中大兄皇子は皇太子となる。その折り、安倍内麻呂(安倍梯麻呂)という男が左大臣となる。
大和王権の中でも、殺し殺され、クーデターもという時代である。今、今上天皇の意向を受け、皇室典範の改正がどうこう、難しい問題がある、なんて言っているが、その状況、よりはるかにシビアな時代である。
ところで、この権謀術策渦巻く大和政権の中で、左大臣となった安倍梯麻呂が、安倍文殊院の開祖なんだ。

桜井駅前には、このよういな幟が。
「ようこそ 記紀・万葉のふるさと大和さくらいへ」。

安倍文殊院山門。

見えてくる。
田に影が落ちる。

手水舎の向こうに本堂が。

手水舎。
その龍頭。

お坊さんが次々に出てきて本堂へ。

本堂。
あ倍山の文字。
本堂の入口にいた女性、こう言う。
「今日はウォーナーさんの日なんです」、と。「ウォーナーさん?」、「そうです。奈良や京都を戦災から救ったウォーナーさんです」、と言う。「その「ウォーナーさんの命日なんです」。「だから、このお寺と桜井市のお寺の方々でウォーナーさんへの報恩供養を行うのです」、と。
分かった。ラングトン・ウォーナーのことは知っている。先の戦争の折り、奈良、京都を戦災から救った人物として。
本堂の中、お坊さんでいっぱい。
「さきに、浮御堂の方へ行ってください」、と社務所の女性は言う。

本堂の前、多くの絵馬がかかる。ほとんどは合格祈願。

先に、文殊池に浮かぶ金閣浮御堂の方へ。

その前に、阿倍仲麻呂の望郷の詩碑がある。
     天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも
榊莫山の揮毫。
先述したように安倍文殊院の開基は安倍梯麻呂であるが、安倍姓の何人かの人物が思い浮かぶ。
阿倍仲麻呂しかり、平安時代の陰陽師・安倍晴明しかり、と。その次は、平成期の総理大臣・安倍晋三か、と。

金閣浮御堂。正面から。

七まいり。
金閣浮御堂の周りを7回周るんだ。

本堂の方を見る。

水面に写る影を見る。

厄除けおさめ札。
七難即滅、七福即生。
七周りして7枚のお札を奉納する。

この先は奥の院の方へ。

が、私はそちらへは行かず。ここでJ引き返す。

先ほどウォーナーさんの碑の前で般若心経を唱えていたお坊さんが戻ってきた。

三々五々、と。

このようなところがある。

古墳なんだ。

3人づれの若い女の子が入っていった。
私は入らない。

本堂へ入る。
抹茶とらくがんをいただく。
茶菓を運んできたお坊さんからウォーナーさんのことを訊く。
ラングトン・ウォーナー、額面通りにいかない話もある。

安倍文殊院本堂。
「日本三文殊第一霊場」、「国宝 本尊文殊菩薩」の文字。

その国宝 文殊菩薩はこれ。
安倍文殊院ののパンフを複写した。
極彩色、獅子に乗る文殊菩薩である。渡海文殊、鎌倉期、快慶の手になるもの。

来た道を戻る。

田に写る影、得も言えず。