仁和寺(続き×2)。

ヤンキースへのイチローの電撃トレードがあり、昨日、一昨日、京都のお寺どころじゃなくなった。
イチローのことだけだと、それはそうですむ。しかし、私の中では、イチローと松井秀喜がセットになっている。だから、昨日も一昨日も、イチローのことと共に松井秀喜のことを記している。どうしても、そうなる。
同い年のこの2人、、タイプもスタイルもまったく違う。しかし、メジャーという桧舞台で、大きな思い出を与えてくれた。
一昨日、イチローは、厳しい条件ながらヤンキースへ移籍した。そして、だがと言うか、ついにと言うか、いつ首を切られてもおかしくない松井秀喜、今日、その”ついに”が告げられた。松井秀喜、タンパベイ・レイズを戦力外となった。
今の松井秀喜、獲得する球団はないだろう、と言われる。マイナー契約ということは考えられるが、もうそんなことをすることはない。松井秀喜、もう十分である。
現役続行を、なんてことを言っている人もいるが、松井秀喜、もう十分。どの球団であれ、日本のプロ野球に戻るなんて、とんでもない。
松井秀喜が戦力外を告げられた、ということを聞いたイチロー、こう語ったそうだ。
「松井は、とても長くヤンキースでプレーしていた。その事実こそが、松井が偉大な選手であり、人として素晴らしいということを物語っている」、と。タイプは違うがこの2人、互いに互いを認めている。
スーパースター・松井秀喜には、スパッと引退をしてもらいたい。それでこその松井秀喜。松井秀喜、ボロボロになるまで、十分に戦った。長年に亘る松井ファンである私、そう思う。
飛び飛びになったが、仁和寺へ戻ろう。
昨日は、御殿を出たところまでであった。金堂や五重塔のある方へ歩こう。

中門を過ぎると、すぐ左手には、御室桜が。

目の前には、金堂が見えてくる。

歪んでいるが、金堂、こういうものである。

その正面左手の方を見ると、こう。

右手の方は、こう。

これは経蔵だったであろうか。
半月ほど前の京都、とても暑かった。仁和寺のこの一画、幾つかの堂塔伽藍があるのであるが、あまりに暑いので、端折ってしまった。

そうは言っても、五重塔は端折るわけにはいかない。

説明書きには、こう。
日本語に次いで、中国語、英語、韓国語、という説明書き、今や、観光都市・京都のスタンダード。

屋根裏の色合い、何とも言えない。

この梵字の上下の色合いも。
ところで仁和寺、『徒然草』第五二段の<仁和寺にある法師、・・・・・>、の仁和寺である。
兼好法師が記すこの段の教えは、<先逹はあらまほしきことなり>。”導いてくれる先生は必要だ”、というもの。確かに、先生は、いた方がよい。そうではあるが、そう肩苦しく考えることもない、ということもある。
抜けていたっていいじゃないか、という思いである。私のブログなど、その典型。これというもの、往々にして抜けている。
それで、いいのだ。
仁和寺を出た後、すぐ前の蕎麦屋へ入った。
遅い昼食。鴨入り葱そばを頼んだ。
薬味は、柚子胡椒。熱い鴨入り葱そばを、より熱くする。
京鴨も、葱も、蕎麦も、とても美味かった。