失われた街。

ここ数日、毎日出歩いており、ブログお休みにした。昨日は、東京駅の近くで友だちと2人、3時すぎから5時前まで飲んでいた。東京駅は始発駅。大抵の線は、待ちさえすれば座ることができる。案の定、電車の中で寝こんでしまった。
飲んで座ると眠ってしまうのが決まりなのだが、困ったことに、飲むと座らずにはいられない。昨日もそう。行きつ戻りつ、通常の3〜4割増しの時間をかけて帰ってきた。ブログどころでない。
今日は、近場のコーヒー屋へ散歩に行ったのみ。1時間半ばかり本を読む。しかし、コーヒー屋ではどうして読むことに没頭できるのか。不思議だ。でも、安いコーヒー一杯で、読書室代わりに使っていいのかな、という気もする。大したことではないが。で、ブログ再開。
昨年の3月11日、大きな地震と大津波により、約35万棟以上の建物が失われた、という。

今年初め、東京都現代美術館のエントランスでこういう展示が行なわれた。
タイトルは、「失われた街 −三陸に生きた集落たちー」。
企画・構想は、槻橋修+神戸大学槻橋研究室なるもの。東日本大震災で失われてしまった街や村を、縮尺500分の1の模型で復元するプロジェクトである。

東京都現代美術館のエントランス、広く長い。その半分以上のスペースを取り、このプロジェクトの展示がある。

都の現代美術館には、宮城県石巻市の萩浜・小積浜から岩手県下閉伊郡田野畑村までの、三陸沿岸11か所の失われた街や村の模型、三陸の海と山が1/500の縮尺で再現されている。
模型は、全国の建築を学ぶ学生たちにより製作されたものだ、という。
こういうものだ。エントランス故、外光が入り、見難いところもあるが。

萩浜・小積浜(宮城県石巻市)。
こういう説明がある。
<牡鹿半島の西側に位置する萩浜・小積浜は、牡蠣養殖が盛んな浜である。今回の地震ではほとんどの家屋や港湾施設が津波で流失した上に、土砂崩れにより各所で道路が分断され、救助や復旧活動が大幅に遅れた>、と。
大変だったんだ。この浜の人たち。

宮城県本吉郡南三陸町戸倉の長清水。
<長清水集落は南三陸町の南部、典型的なリアス地形が続く戸倉地区の末端に位置し、家屋損壊率が9割を記録したが、長清水の地形は多くの生命を助けた>、という説明がある。
この写真の上の方が海であり、そこに集落がある。その周りは、すぐ山が迫っている。家は流されたが、人々は山へ逃れたのであろう。

宮城県気仙沼市本吉町の小泉地区。
<小泉地区は、人口1800人の漁業を中心とした街である。今回の10メートルを超す大津波により518世帯のうち半数以上が流失・全壊するという被害を受けたが、・・・・・>、という説明あり。

宮城県気仙沼市の大島。
<大島は、東北最大の有人離島である。大島には、「島三分断の大津波」の言い伝えがあり、今回も・・・・・島を南北に分断した。さらに、・・・・・>、と。左上が湾。

岩手県大船渡市三陸町越喜来の崎浜。
<「鬼が喜んで来た」という鬼伝説から名付けられたと言われる越喜来(おきらい)は、岩手県南部の典型的なリアス式海岸であり・・・・・、漁港を抱く人口600人ほどののどかな集落だった。が、今回の津波によって防潮堤が倒壊し、・・・・・>、と説明にある。
左下が湾である。

岩手県釜石市の唐丹町。
<釜石市の最南端に位置する唐丹湾に面し、塩蔵ワカメ発祥の地とされる。典型的なリアス式海岸の入江は3つの漁港を擁し、・・・・・。明治29年、昭和8年、35年に次ぐ今回の津波は、高さ12.5mの防潮堤を押し倒し、大小470隻の漁船のほとんどと多くの家屋を飲み込み、遡上高は30m近くに達した>、とある。
右が、釜石湾である。

岩手県下閉伊郡山田町。
<震災による地殻変動でこの地域の地盤は東南東に25cmずれ、湾内に集まった津波は山ひだに沿って走るJR山田線より海側の全域を襲った>。
遠野の歯医者さん・打越さんが、震災の後まず支援に向かったのが、この山田町だ。


岩手県宮古市崎山の女遊戸(おなつぺ、おなっぺ)。
”おなつぺ”とも言い、”おなっぺ”とも言う語源は、アイヌ語だそうだ。
<14〜26mといわれる津波は、防潮堤を破壊した後細い谷間を1km以上に渡り遡上し、集落の6割の建物を消し去った>、とある。


東京都現代美術館のエントランス、奥の方から入口の方を見る。
三陸の被害を受けた街や村の11の模型を見渡した。

この模型復元プロジェクト、今後もさまざまな試み、取り組みを続けていくそうだ。各地で。
”11の鎮魂の模型展”の枠組みを越えて。
「岩手あちこち」が思いの外長くなってしまったので、溜まっているものがある。
「岩手あちこち」の間、スカイツリーや靖国ばかりへ行っていたのではない。スカイツリーや靖国だけに義理だてしているわけではない。実は、幾つかの展覧会にも行っていた。
ここ1〜2か月に観た展覧会、暫らく、それを続ける。