力作瞥見(6)。

「力作瞥見」、残るはひとり。K.M.のみ。

K.M.の作品。タイトルは、「マテーラ」。F30。カンバスに油彩。
ン、本格派だな、と思う。鈍く光る月光の下、時を経た町並が描かれている。油でなければ出せない深みのある色調の風景画。力作だ。
相当描き慣れた男に違いない。どういうヤツだ。しかし、常連の出品者、K.M.のこと誰も知らない。私も。
K.M.、グループ展には、初出品。1点のみを送ってきた。K.M.の作品、搬入日から見てはいた。しかし、当人の姿がない。場所決めのアミダクジは、今回展の幹事が代理で引き、壁への展示も幹事がした。
最終日の昨日、初めてK.M.に会った。
実は、搬入日にも来たそうだ。しかし、その時には、早々に展示を終えたグループ、打ち揃って前祝いの飲み会へ行った後だった。だから、昨日が初対面。感じのいい男だ。
K.M.、入学は、私より5〜6年後。知らないわけだ。それより、住んでいるのが茨城北部。さらに、内陸部。原発100キロ圏だそうだ。東京へ来ることは少ない、と言う。仲間の展覧会でも、飲み会でも会っていないのも、当然だ。
学校を出た後は、国へもどり、ずっと学校の教師をしていた、と言う。名刺をもらって驚いた。今の肩書が書いてある。それが、あまり見慣れないものばかり。○○奨学生選考委員会委員長とか、教職員互助会理事なんてものは解かる。県視聴覚ボランティア役員とか、○○環境委員長、○○水利組合長なんてものまである。
民生委員をしているK.H.やK.O.も凄いが、K.M.も、地域のために力を注いでいるもの、と思える。だからかどうか、とても話好き。
K.M.と話している内に、不思議なことに気がついた。懐かしい感じがする。利根山光人のことを思い出した。
利根山さんの口調によく似ている。K.M.の話すイントネーションやトーン、利根山さんにそっくり。利根山光人も茨城の生まれ。似ていて不思議はないのだが、どこか声の質までよく似ている。
利根山さん、20年近く前に亡くなったが、私たちの大先輩。私が学校へ入った頃は、時折りアトリエへうかがった。リトを教えてもらったり、石版を磨いたり、楽しい時間を過ごさせていただいた。初めて会ったK.M.の口調、50年前の楽しい時間を思い出させてくれた。
あとひとつ、面白いことを聞いた。K.M.、卒業まで7年かかった、と言う。これは嬉しい。
私のサークル仲間、軟弱なサークルであるにもかかわらず、ほとんどの連中は、4年で卒業している。私の先輩で、何年いたのか解からない人がいたが、残念なことに、2年前に亡くなった。で、今、残っているサークル仲間で、永年の在籍者は、私ひとりとなっていた。
私は、8年で卒業した。”卒業した”というよりは、”卒業させてもらった”という方が正確だが。素晴らしい先生に恵まれて。このこと、いつか記した憶えがある。だから、詳細は省く。
それはそれとして、K.M.、卒業までの年数、私よりは1年少ないが、それにしても嬉しい。初めて会ったK.M.に、親近感を覚えた。
何だか、訛りとか留年のことばかりで、絵のことはどうした、と言われそうだな。たしかに、そうだ。少し戻ろう。

「マテーラ」の一部。上部のみを切り取った。
幻想的であり、重厚な感じも受ける。ヴラマンクを思わせる。いや、現代でも、巨匠と言われる絵描きの作品のようにも思われる。私などには、とてもできるものではない。練達の筆による力作だ。
そう言えば、K.M.とは、絵の話は、あまりしなかったな。茨城のこととか、何年かかったとか、といった話ばかりで。
ああ、マテーラってどこか?、ということは聞いた。イタリア南部の世界遺産の町だそうだ。描かれているのは、その石灰岩に穿たれた洞窟住居。鈍い月光の下、永い時間を内に秘めた町並み、この絵からよく伝わってくる。
「力作瞥見」、これで終わる。
打ちあげの飲み会で、次回の幹事も決めた。開催時期も決まっている。次回は、再来年の2月。
私たちのグループ展、3年に一度から、2年に一度となり、さらに、次回は、1年4か月後。そのスパン、だんだん縮んでいく。言わず、語らず、命との闘いだ。
この一週間ばかり、テレビなどまったく見ていなかった。新聞は読んでいたが。ザッと大まかにではあるが。だから、ドジョウが何をしていたのか、よくは知らない。小沢一郎が戦いを始めたのは、知っている。
それよりも、スティーブ・ジョブズが死んだ。
最大のライバル、ビル・ゲイツも悲しかろう。ジョブズを悼む言葉に表われている。孫正義は、レオナルド・ダ・ヴィンチと並び称して悼んでいた。芸術とテクノロジーを両立させた天才だ、と。
私には、命との闘いの過程でのジョブズの顔が印象に残る。かっては豊かであったジョブズの頬が、刃物で削ぎ落したように変容していくジョブズの顔。骨の浮き出たようなジョブズの顔、シャープという表現を通り越していた。頭に、残る。