時の流れ。

暫く前に誘われていたのだが、会う場所が急に変更になった。9月いっぱいで閉めるという店があるので、そこで是非、と。
その店に初めて行ったのは、40年にはならないが、37〜8年前にはなる。歌舞伎町のビルの地下にあった。クラブではないが、スナックでもない。腕のいい板場がいて、とても美味い料理を食わせる店であった。割烹ではないが、もちろん、居酒屋というものではない
仕事がらみでよく行った。案外広い店だったので、業界の集まりの後などには、同業の人たち打ち揃って行くことも多かった。女性もいたが、何よりママがよかった。
気さくでありながら、決して出しゃばらない。客の中には、稀に酒癖の悪い男もいたが、そういう時には、ピシャリと抑えた。頭のいい人だった。その店の客の中では、若い方であった私は、可愛がられた。
10数年前、ママは店を閉めた。一見の客が入ってくるような店ではない。バブルがはじけた後も続けていたが、そのような社用族が主という店は厳しくなったのであろう。
ところが、数年後、10年近く前、その人は、店を再開した。新宿ではなく、高田馬場に。細長い店で、奥にテーブル席がひとつ、あとはカウンター。満席になっても10人しか入れない小さな店を。板場はいない、手伝いの女性もいない、ママひとりの小さな店。
板場はいなくなったが、出てくる料理は美味かった。ママ自身の料理の腕も抜群であったが故だ。しかし、新宿と異なり、高田馬場は、やはり不便。タマに行く程度になっていった。客層も変わった。個人客も見られるようになったが、やはり、居酒屋ではない。客は限られる。新宿時代の客が時折り訪ねる、という感じでもあった。
満席で10人という小さな店が、すべて埋まっていることは、あまりなかった。仕事を引退した私が行くことは、ほとんどなくなった。誘ってくれる人がいる折に、何回かとなった。今日も、1年ぶりぐらいである。だから、今日の約束も、急遽変更、この店に是非に、となった。
ママと初めて会った時、私はまだ30代前半。ママは、私より10以上年上に見えた。40代くらいの人に。今日のママ、その当時の顔つきとほとんど同じ。そりゃ、多少は皺も増えたであろうが、印象は変わっていない。髪形は、まったく同じ。言葉づかいばかりでなく、容貌もほとんど同じように感じられる。不思議に思うが、やはり、そう。
年のことなど、聞いたことはない。しかし、初めて会った時の印象からすれば、80は超えている、と思われるのに。
お誘いいただいた方が手配してくださった送りの車が着き、店の外まで送ってくれたママ、手を握り、こう言った。「これでもう、お会いすることもないと思うけど、いつまでもお元気でね」、と。私も、「あなたもお元気で」、と返した。共に、涙が出そうな気配がしたので、手を離した。
単なるママと客の間柄、特別なことは何もない。しかし、37〜8年ともなれば、時は流れたな、との思いはある。
そう言えば、店で話している時、ママがこういうことを言っていた。「私、店をやめたらフラダンスでも習おうかな、それとも、日本語の勉強でもしようか」、と。本当に、フラダンスを踊ったり、古典の勉強をするのかもしれない、と思う。
時は流れても、女性は、いつまでも若い。