北泰紀行(16) 阿片博物館。

世にはさまざまな博物館があるが、さすがと言うか、やはりと言うべきか、ゴールデン・トライアングルには、「オピウム・ミュージアム」がある。「阿片(アヘン)博物館」である。

「ハウス オブ オピウム」、「阿片博物館」。

東南アジアの地図があり、阿片の歴史が記されている。
<だれが見つけたのかは解からないが、阿片の起源は、地中海地域であることは知られている。幾つかの考古学上の証拠もあり、ギリシャやローマの文献にもそのことは記されている。ペルシャやエジプトでは、”オピウム”(果物のジュースのことだが)と呼ばれ、紀元前1000年以上前から、薬物としての効果があることも知られていた。例えば、キプロスからは3000年前の象牙製の阿片のパイプが見つかっている。云々>、と。
そして、終わりの方には、<19世紀末から20世紀初めにかけて、中国からタイ、ラオス、ミャンマーの国境地帯の山岳民族にもたらされ、ゴールデン・トライアングルで発展した>、とも。

ゴールデン・トライアングルの絵。
一昨日に載せた幾つかの地図とまったく同じアングルだ。手前がタイ、右上がラオス、左上方がミャンマー。その間をゆったりと流れるメコン川。

タイ山岳民族の農業社会の暦。
1月から12月までの農作業の様子が描かれているが、ケシ栽培がいつなのかは、よく解からなかった。

オピウム(阿片)の起源についての伝説、となっている。おそらく部族の名であろう、AKHA(アカ)の伝説の概略、こういうことだ。
昔々、それはとてもとても美しい娘がいたそうだ。この娘に、7人の男(ここに、その姿が描かれているな)が、「私と結婚してください」、と言ってきたそうだ。しかし、この娘はその中のひとりを選ぶ、ということはできなかったのだ。何故なら、それは他の男を悲しませることになるから、と。
それでこの娘は、7人の男すべてに思いを遂げさせてやることにした、と言うのだ。我が身を犠牲にして、そして、死することになることを知りながら。死したその娘の墓、心臓のあたりから美しい花が咲いた、という。娘は、こう言っていたそうなんだ。その花の樹液を味わうがいい。しかし、それはとても素晴らしいものではあるが、不吉なものでもある、ということを。そういうお話だ。
日本のかぐや姫のお話は、同じように言い寄ってくる男たちに、無理難題をふっかけていた。実現不可能な無理難題を。それに較べ、アカ族の美しい娘、なんて優しい心根なんだろう。

しかし、すぐにこういう人形があった。阿片を吸引している中国人の人形だ。
『ラストエンペラー』の中に、似た場面があったような気がする。ラストエンペラー・溥儀の第一夫人・皇后婉容が、阿片を吸引する様が。婉容、阿片に蝕まれていた。
中国での阿片の歴史、それは古い。しかし、近代でのそれは、イギリスにその責任がある、と言っていい。1842年の南京条約で、香港を掠め取ったアヘン戦争も、その源は、イギリスの中国へのアヘンの輸出権益を維持する為のもの。中東の地においてもそうであるが、帝国主義時代のイギリス、あちこちで、ずいぶん酷いことをしていたな。

一面のケシ畑だ。ゴールデン・トライアングルの。

ケシの花、たしかに、美しい。

阿片を測るハカリの数々。

これは、阿片を吸引するパイプ。

陶器製のパイプも多い。

これは、水パイプだ。

この男、ゴールデン・トライアングルに君臨したクン・サーだ。「阿片の帝王か、それとも、自由の戦士か?」、と記されている。
クン・サー、元々は、中国系の男だという。阿片で莫大な富を得ながら、抑圧されている少数民族のために戦った。だから、阿片の帝王であり、自由の戦士でもあるのだ。
クン・サーが死んだのは、2007年、数年前のことだ。彼が戦いを止めたのは、20年近く前だが、ゴールデン・トライアングルでの阿片の歴史、つい暫く前までは、現実だったんだ。

ヘロインの商標のいろいろ。
中央の赤い商標、ロゴタイプは、2頭のライオン印のもの。純浄100%、とも書いてある。
ヘロインは、阿片を精製して作られるもの。ヘロインにしろマリファナにしろ、多くの人がこれに捕まった。特に、モノを創るという創作家が。中でも、一番顕著な例はミュージシャンだ。
昨年末、ジャズがらみのブログを2カ月近く連載したが、その中でも触れた人たち、麻薬がらみが多い。
「レフト・アローン」で触れたビリー・ホリデイは、アヘン、コカイン、大麻、LSD・・・多くのクスリに溺れていたし、マイルスの「KIND OF BLUE」で触れたビル・エヴァンスは、ヘロインで命を縮めた。51歳で死んじゃったのだから。
1959年、ニューヨークで録音された、マイルスのセクステットによる「KIND OF BLUE」、ジョン・コルトレーンがテナーサックスを吹き、ビル・エヴァンスのピアノだ。だが、マイルス、この後、ビル・エヴァンスを追い出す。何故か。
ビル・エヴァンスだけが、白人だったからではない。マイルス、ビル・エヴァンスの麻薬癖が、他のメンバーに伝播することを恐れていたからだ、という。それほどに、ビル・エヴァンスのヘロインへの依存、強かった。
秋吉敏子のところで触れた、あのナベサダ・渡辺貞夫も、その著『ぼく自身のためのジャズ』の中で、こう語っている。<正直に言えば、向うでは、クスリもずいぶんやりました>、と。バークリー時代のことらしい。
正直に申せば、私も一度だけマリファナをやった。40年ぐらい前、横浜から船に乗りサイパンへ行った。その船中、公海上で。上船後知り合った若いイギリス人の男の子、ロンドン大学の学生が、ある夜持ち出してきて、マリファナタバコを何人かで廻し呑みした。「公海上だから、問題はないんだ」、と言って。40年も前の若気の至り、それ一度のみだが。若き日のこと、まあ、よかろう。

こういうものも。若い男女が阿片のタバコを吸っている。

こんなに大きなパイプもあった。
「ハウス オブ オピウム」、面白かった。だが、今日は、少しヘンなことも書いたかな。