大ガラス(続き)。

マン・レイからの繋がりで、昨日はデュシャンの「大ガラス」に触れたが、この「大ガラス」、どこかで見たことがある、という気がしていた。しかし、思い出せなかった。
この作品のオリジナルは、フィラデルフィア美術館にある。だが、私は、フィラデルフィアには行っていない。

タイムライフの『デュシャン』に載っている写真。
「フィラデルフィア美術館の”大ガラス”の前で、思案顔の男」、というキャプションがついている。
著者のカルヴィン・トムキンズによれば、「大ガラス」は、<アンドレ・ブルトンは、この作品を、”偉大な近代の神話”と評したが、デュシャンの意図によれば、「大ガラス」は、”陽気な”絵画なのである。・・・・・ここには、喜劇的な精神があふれているのだから>、と言っているのだが。
ところで、この作品、そのレプリカが、世界に3つある。ストックホルムとロンドンと東京に。ストックホルムにも行ってはいない。ロンドンではテートギャラリーにあるらしい。と言うことは、見ている可能性があるのだが、まったく記憶にない。残るは東京、何時、何処で見たのか、さんざ考えた末、やっと思い出した。東大で見たんだ。
東大なんてところには、私はもちろん、行ってはいない。しかし、東大の構内には、何度か行っている。そこに、東京大学総合研究博物館という、何とも不思議で奇妙奇天烈な、とても面白い博物館があるからである。
今年初めに連載した『芸術新潮』の「わたしが選ぶ日本遺産」にも、この博物館教授の西野嘉章が、まず一番に挙げていたのが、東大のコレクション。中でも、「総身彫りの文身コレクション」であった。総身彫りの文身、つまり全身に入れた刺青、それを含め、57点の文身コレクションを持つ、という。
なお、東大全体の収蔵品は、400万点以上、総合研究博物館のコレクションだけでも、240万点以上あるそうだ。学術的価値が高いものも多いのであろうが、まあ、チョット見には、碌でもないものから、ヘンチクリンなものまで、ごっそりと持っている。だから、面白い。
それはそれとして、13年前、1997年の秋、東京大学創立120周年記念の「東京大学展」が開かれた。博物館ばかりでなく、東大の本郷キャンパス全体でさまざまな展示が催された。公孫樹の葉が降り積もる東大構内、なかなか趣きのある雰囲気に包まれていた。
今日、探したら、その時の図録も出てきた。デュシャンの「大ガラス」の写真も出ている。
それが、これ。その時の図録から、複写する。

東大バージョンというか、東京バージョンの「大ガラス」だ。忘れていたが、私が見たのは、これだったんだ。
なお、通称「大ガラス」として知られているが、またの名は、「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」、という。
このタイトルの後ろに付いている、”さえも”、という言葉が、20世紀のさまざまな、ゴチャゴチャと愚にもつかぬことを考えることが好きな芸術家連中を、悩ましもし、楽しませてもきた文言だ。もし、よろしければ、あなたもどうぞ。
でも、どうして東大にこれがあるのか。東大とデュシャン、似つかわしくない、とも思えるのだが。だが、この総合研究博物館のHPを見たら、解かった。
1977年初め、東大の横山正と多摩美の東野芳明が語らい、「大ガラス」を復原する研究グループを立ちあげる。1978年、「大ガラス」制作実行委員会発足、監修者には、瀧口修造も担ぎ出す。
「大ガラス」の資料、何しろマン・レイの記録写真しかない。欧米に調査研究員を派遣する。さほど役には立たなかったようだが。
しかし、1980年の春、発案から3年の年月をかけ、東京ヴァージョンの「大ガラス」は、完成する。それが、上の写真のものだ。最大の手掛かりは、デュシャンの「グリーン・ボックス」、という作品。それが、これ。

デュシャンの「グリーン・ボックス」。
手書きのメモ、ドローイング、写真など、総計94点がコロタイプ・ファクシミレされている。それが、夫婦函に入っている。パリのローズ・セラヴィ出版から、1934年に刊行された。320部の限定で。
この「グリーン・ボックス」、東大も持っている。それを基に、1ミリも違わず復原した。

「グリーン・ボックス」には、いろんなものが入っている。
これは、「拳闘の試合」というタイトルのスケッチ。

これも、「グリーン・ボックス」に入っているスケッチのひとつ。

こういうものも。

これは、「グリーン・ボックス」には入っていないが、デュシャンが1914年から1915年にかけて描いた絵。
「9つの雄の鋳型」というタイトルがついている。「大ガラス」の伏線となっている。デュシャンには断りなく、大分変形、変化させてしまったが。

これはそのまま、「大ガラス」にも取り入れられている「チョコレート練り器」、1914年の作品。
なお、東大でのデュシャンの「大ガラス」の復原、東大総合研究博物館のHPに詳しく出ている。
Ouroboros(ウロボロス)という博物館ニュースがある。その第15号に。「真贋のはざま」という企画展があり、その時の研究報告が記されている。おそらく若い何人もの東大の研究者、それぞれ気合いの入った報告を書いている。読み応えがある。
その中に、デュシャンの「大ガラス」の復原についての報告記録もある。復原の経過写真も25枚載せられている。大変面白い。興味のあるお方は、どうぞ。なるほどな、と思われるだろう。
今日のブログ、興味のない人には、つまらないものだったろう。久しぶりで、向井万起男の得意な言葉を使おう。
「碌でもないことを書いて、ごめんなさいネ、だ」、と。