「日本遺産」補遺(13) (古本屋)(続きの続き)。

神保町のような古書店街は、たしかにない。が、そのミニチュア版、ズッと小型にした通りが、イスタンブールにある。
イスタンブール大学の近く、グランドバザールとの間にある、サハフラル・チャルシュスという小道。車など入れない小さな道の両側に、古本屋が並んでいる。古本屋ばかりでなく、新しい本を扱う店や版画などを並べている店もあるが、小さな店が数十メートルほど続いている。だから、規模は全く違うのだが、どこか、小型神保町という感じを受ける。
まあ、本屋小路、とでも言った方が正確だろうが。ここで、小さなミニアチュール(細密画)を2点買ったことがある。1点は、鈍く光る金地の中に、イスラム独特の模様が細かく描かれている。コーランを飾っていたものではないか、と思われる。おそらく、古くなってボロボロになったコーランをばらしたものだろう。
北京の琉璃廠は、昔からの骨董街として知られている。しかし、今の北京には、こんなもの誰が買うんだろう、たとえ、どこかの金持ちが買ったとしても、どうやって国外に持ち出すんだろう、という凄い骨董屋が集まっている所があるので、琉璃廠は、普通の古道具街、と言った方が正しい。しかし、やはり、それなりに面白いので、北京へ行くと琉璃廠へ行く。まあ、挨拶代わりに。中心部からそう遠くはないし。
当然、古本屋もある。古本屋街でもある。そう数は多くはないが。本ばかりでなく、名筆を集めたお手本のようなもの、文房四宝、篆刻コーナーを持つ店もある。だいぶ前、古くからの篆刻の大家の名作を集めた書を求め、字に詳しい人に進呈したことがある。
そう言えば、以前、上海の空港の出発ロビーに、古本を扱っている所があった。大きな空港には、たいてい本屋はあるが、古本を扱っているのは珍しい。おそらく、もうお帰りでしょうから、重さを気にせず、持って帰ってください、ということだったんだろう。今でもあるのかな。
ところで、「日本遺産ベスト10」を発表し、第8位に入った<神田神保町古書店街>について書いた折り、少し触れたが、途上国には、古本屋は少ない。私の少ない経験からのものであるが。
以前、ホーチミン(私の世代では、ホーチミンというより、サイゴンという響きの方がピタと来るのだが。ベトナム戦争が終わってからでも、もう35年になるんだな)で古本屋を探したことがある。泊まっていたホテルの人に聞いても、知らない。知らない、というより、どうも古本屋というもの、そのものが、解からない感じであった。
アジアの国の場合、どこでも大体そうだが、バックパッカーの若者たちが泊まっている安宿が集まっている近辺には、古本屋があることが多い。彼らは、何日単位でなく、何カ月単位で泊まっていることがあるので、持って行った本を読んだら、それを古本屋に売り、代わりに、また別の古本を買う、そういうことをしている。だから、安宿街の近くには、何らかの古本屋がある、ということになるんだ。
ホーチミンの安宿街は、ベン・タイン市場という大きなマーケット(市場は、どこの市場も面白いが、バカデカいホーチミンの市場もとても面白い)の近く、ファム・グー・ラオ通りから少し入った所にある。その近くへ行ったのだが、古本屋はない。見つからない。安宿はいっぱいあるのだが、古本屋は、ない。その近辺を随分歩きまわり、ついに1軒見つけた。
間口1間、奥行き1間半ほどのとても小さな店だが、物々交換がわりの古本屋とは違い、なかなかの古本屋だった。そこで、私は、珍しいというか、とても面白い本と、初めて出会った。これについては、いつか機会を改めて、また書こうと思う。
途上国の優等生になりつつあるベトナムに較べれば、はるかに遅れた、というより、世界の最貧国の一つにも数えられるネパールであるが、カトマンドゥは、案外本屋の多い町である。古本屋も幾つもある。主に、カトマンドゥの北部のタメルといわれる地区に多くある。
このタメルも安宿が多くある所である。1泊2〜300円程度からの宿。ややグレードの高い宿もあるが。いつ行っても、人でごった返している。欧米からの白人も多いが、日本人も多くいる。だから、よれよれになった日本の文庫本が多く並んでいる店もある。本屋には、ダライ・ラマの肖像写真ばかりでなく、フリー・チベットの旗やワッペンやポスターなどの、いわば”フリー・チベットもの”も多くある。昔、私も、フリー・チベットのワッペンを買ったことがあるが、どこに入れたのか、今では忘れてしまった。
何故、カトマンドゥなどという小さな町に本屋が多いのか。古本屋もいくつもあるのか。
カトマンドゥ自体、とても魅力的な町である。欧米や日本など、いわゆる先進国の人間にとっては、まさに、異次元、異空間、そういう世界である。
だが、それと共に、ヒマラヤ、そして、その背後にあるチベット、という、これまた先進国の人間にとっては、その日常とはまったく異なる世界を控えているからだ。それらがあいまって、外国人をひきつける。
だから、古本屋を含め本屋は、ほとんど概ね、外国人がお客さん。本の値段も安くない。それは当然なことで、新本のほとんどは、輸入品なんだから。写真集や美術書などの豪華本も多くある。以前は、エンヤラサと持ち帰ったこともあったが、今では、そんなことはできない。一昨年の暮、大きな本を買い、送ってもらったら、船便でもその送料は、いいかげん、というより相当高かった。宿は、1泊2〜300円程度からあるが、こういう値段は高いんだ。
携帯電話なんてものが、まだない時代、インドやネパールから日本への電話代は、目の玉が飛び出るほどに高かった。2時間も3時間も待って、やっと繋がるという時代だが。今は、そうでもないのでは、とは思うが、それでもアメリカやヨーロッパへの電話代に較べると、はるかに高いんじゃないか、と思う。先進国と違い、そういうものは、何でも高いんだ。少し横道にそれたが。
ただ、元気で力もある人にはいいだろうな、カトマンドゥで本を買うのも。