「日本遺産」補遺(12) (古本屋)(続き)。

たしかに、神保町のような古本屋街は、珍しい。「日本遺産ベスト10」に入ってもおかしくないかもしれない。あちこちの町に、電気製品を扱う店はあるが、秋葉原のような電気街はない、というのと同じようなものではないか、と言われれば、そうではあるが。
私は、いわゆる古書マニアといわれるような者では全くなく、古本を漁りに旅をする、ということはないが、それでもあちこちで古本屋には巡りあった。ヨーロッパでも、古本屋は、町の中を歩いている時に、偶然いき会うということが多い。
ミラノのヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアを歩いていた時、アーチ形のガラス天井の、優美なアーケイドに似つかわしくないゴチャゴチャとした古本屋があり、あまり重くなさそうな美術書を数冊買ったことがある。ブダペストの町を歩いていた時、たまたま古本屋があり、古い本の絵柄を切り取り、ボール紙にとめたものを買ったこともある。
マドリッドのカスコロ広場から階段沿いにごったかえすノミの市に行った時、階段を下った広場に、食べ物屋や切手屋などに混じり、古本を並べた屋台もあった。モスクワのアルバート通りの本屋に、イコン本を求めに行ったことがあるが、通りの途中に古本屋が1軒だけあった。
どの町でも、大学のある近辺に行けば、古本屋も多いのであろうが、普通の町中ではこんなものである。
15年ほど前になるか、ロンドンの町中を歩いていたら、古本屋が軒を並べる通りがあった。ここが、チャリング・クロス街だったかどうか、今、思いだせない。が、神保町なんかとは、比べるべきもない少なさだった、という思いがある。バレー関係の本が多くある店があり、ヌレーエフのさまざまな写真集が数多くあった。ヌレーエフは、もう死んだ後だったが、西側世界でのヌレーエフ人気は絶大、と改めて感じた。ヌレーエフの小さな写真集を買った。
パリには、さまざまな古本屋がある。セーヌ河畔の風景としてよく出てくる、ブキニストと呼ばれる、長さ2メートルほどの屋台の古本屋。店を開く時には、両側に張り出すので、4〜5メートルほどにはなるが。古本ばかりでなく、古い絵ハガキやポスター、などもあるが、よくあれで続いているな、と思う。もっとも、私も、パリへ行き始めたころは、このブキニストでも小さなものを買っていたが。次々に現れるそういう人が、ブキニストを維持しているのであろう。
これと対称的なのが、やはりセーヌ左岸にある古書店。ガラスの重い扉があり、入るのには、なかなか勇気がいる。一度だけ、思いきって、その一軒に入ったことがある。古本じゃないんだ。古典籍と思われるものが並んでいる。革装の本であったり、背表紙金箔押しの本であったり、という重厚な本が並んでいる。
「見せてください」と言って、暫く眺めていると、「何をお探しで」と聞かれた。「いえ、ちょっと見るだけで」と言うと、「どうぞ」と言う。暫くの間、見学をさせてもらって出てきた。「ありがとうございました」と言って。鹿島茂や荒俣宏なら、いざ知らず、私などの入るべき所ではない。その後、この手の古書店には、入らないことにしている。
古本屋と一口に言うが、その世界、稀覯本や古典籍を扱う店、古書を扱う店、そして、いわゆる古本を扱う店、とに分かれるという。もちろん、それが混じり合っている店が多いのだが。さらに、新しい本を値引きして売る、いわゆる新古書、といわれるものもある。パリにも、新古書店がある。
2割、3割、当たり前。5〜6割引きなんてものも多い。とても安いんだ。とても綺麗な美術書なんかでも。だから、10年ぐらい前までは、パリへ行くたび、この安い新古書をよく買った。
パリには、クロネコヤマトの宅急便がある。オペラ座を背にして、オペラ通りを300メートルほど歩き、右に入ったリュウ・ド・ピラミッド(ピラミッド通り)という所に、クロネコヤマトの事務所がある。
少し横道にそれるが、その近くには、ジュンク堂のパリ支店もある。東京堂が撤退した後、パリの日本人の拠り所、となっている所。日本の中型書店くらいの規模はある。日本の書籍、雑誌、なんでも置いてある。半日くらいの遅れはあるが、新聞も置いてある。朝・毎・読・日経の4紙が。ただし、値段は、高い。たしか、3〜4ユーロする。
クロネコヤマトに戻る。10数年前、セーヌ左岸で安い本をしこたま買い、何日かの間、セッセセッセとホテルの部屋に持ち込んでいたことがあった。ビニールの袋や紙袋で5つか6つぐらいになった。それをクロネコヤマトに持ち込んだ。部屋からタクシーまでは、ホテルのボーイに頼み、車からヤマトの事務所までは、タクシーの運転手に頼んで。ダンボールに詰める時数えたら、大小合わせ60数冊あった。
でも、今は、もう、そういうことはしなくなった。いかに安い本であろうと、殆んど買わなくなった。時折り、寂しいな、と思うことはあるが、今さら買っても仕方ない、という思いが強くなった。年を感じるが、そういうものだろう。
まだ続けるつもりであったが、眠くなった。この続きは、明日にしよう。