「日本遺産」補遺(14) (古本屋)(続きの続きの続き)。

もう10年以上も、ニューヨークには行っていない。だから、9.11後のニューヨークは、もちろん、知らない。
ニューヨークには、ストランドがある。30年、いや、もう少し前かも知れないが、初めてニューヨークへ行った時、まずグリニッジ・ヴィレッジを歩き、ストランドへも行った。ストランドのことは、植草甚一の本や他のニューヨーク本で、そのはるか前から知っていた。ともかく、スゴイ古本屋なんだ、ということを。
初めは、やはり驚いた。1階と地下、ともかく本だらけ。台に本が積み上げられているような所もあるのだが、少し入って行くと、本の絶壁になっていく。両側、本の絶壁である深い谷間を歩く、という感じ。やや大袈裟に言うと、本のジャングルに迷い込んだ探検家のようなもの。ビックリした。
いろんな分野のものがあるが、特にアート関連のものが多い。しかも、ストランド・プライスという小さなシールが貼られていて、安いんだ、それが。古本は、もちろんだが、新しい本もある。日本と違い、向こうには本の再販制はないらしい。だから、ストランド・プライスが可能になる。日本なら、4〜5000円はするな、というものでも、その半額程度、という感じなんだ。
5〜6冊買って、支払いに100ドル札を出したら、レジの女の子が、「ヒェー、キャッシュ!」って大きな声をあげた。カード社会のアメリカ、ほとんど何でも、カードで払っていて、現金払いなんて少ないんだな、と気付いた。
本を入れてくれた硬いビニールの頑丈な手提げ袋には、「8マイルに及ぶ本(8 Miles of Books)」と書かれており、もう片方には、「100万冊のバーゲン本(Millions of Bargain)]と書かれていた。8マイルだから、キロにすると、12〜3キロになる。棚の総延長が、12〜3キロある、ということだろう。たしかに、そうだろうな、と思った。
ストランドは、マンハッタンのダウンタウン、ブロードウェーと12丁目の交わる角にある。2度目にニューヨークに行った時には、ホテルに荷物を置くと、すぐにストランドに行った。ミッドタウンからだと、タクシーでも10ドルもかからない。その時には2度行った。たしか10冊くらいずつ買って、手持ちじゃつらいから、日通で送った。今でもそうだろうが、日通は、ホテルまで集荷に来てくれたんだ。
3度目に行った時も、ホテルにチェックインをした後すぐに、ストランドに行った。気が急くんだ。まず、ストランドだと。その時には、20冊ほど買ったが、ストランドから送ってもらった。その船便の料金、買った本代とあまり変わらなかったような気がする。つまり、逆に言えば、ストランドの本代がいかに安いか、ということだと思う。
このストランド、昔、植草甚一が書いたものの中に、植草がニューヨークに行った折り、ダウンタウンに宿をとり、朝飯を食った後すぐに古本屋へ行き、昼飯には外へ出るも、またその古本屋へ戻り、閉店時間まで、1日中その大きな古本屋にいて、梯子も借りて、30日だか40日かけて、ついに、その古本屋の本を全て読みきった、という話を読んだことがある。全て読みきった、と言っても、中ではない。全ての本の背文字を読みきった、ということであるが、凄い。
この古本屋、ストランドのことに違いないな、と思い、晶文社発行の植草甚一のそれらしき本を、何冊か引きだして、ななめ読みしたのだが、そういう記述が見当たらない。植草の書いたものだと思っていたが、あるいは、他の人が、植草について書いていたものだったのかもしれない。
それにしても、3〜40日もの間、飯を食う時以外は、同じ古本屋に入り浸り、背文字とはいえ、100万冊の本を読了した男なんて、植草甚一を措いて他に誰がいよう。おそらく、誰もいない。(それがどうした、という人は、ここんところ読み飛ばしてください)、やはり、植草甚一、凄い男だったんだ。
そのストランド、今はどうなっているかな、と思い、HPを見てみると、なんと、左上に、「18マイルに及ぶ本(18 Miles of
Books)」となっている。”8”の横に”1”が付いて、”18”になっている。8から増やすとすれば、普通は10とか15とかになるのでは、と思うが、さすがストランド、そんな、ありきたりのことはしないんだ。横に1本、1を付け加えたんだ。
しかし、18マイルといえば、棚の総延長、30キロ近くになるんだが、そんな細かいことは、どうでもいいんだろう。ストランドだからこそだ。だからか、以前は謳っていた「100万冊のバーゲン本」という表示は、なくなっていた。まあ、100万という数は、象徴的なもの。200万とか250万とかでは、そのインパクト減じるものな。
2007年に行われた、ストランドの創業80周年記念パーティーも出てきた。80年代にニューヨーク市長を務めたエド・コッチが司会し、多くの文士が出席している。その中に、生粋のニューヨーカー、ピート・ハミルの名もある。身にしみるどころか、心にしみる、ほろ苦いニューヨーカーの話、私にとっては、ニューヨークに対する思い、弥増した男だ。
ピート・ハミルの今の奥さんは、青木冨貴子だということは、よく知られているが、もちろん、前の奥さんもいる。それ以上にピート・ハミル、凄いんだ。
引っ張り出した『ニューヨーク物語』の訳者あとがきの中で、訳者の宮本美智子がこう書いている。ハミルからは、多くの人を紹介されたが、として、ノーマン・メイラーやリンダ・ロンシュタットの名と共に、ハミルの元恋人シャーリー・マクレーンの名が記されている。
また、『ニューヨーク・スケッチブック』の、やはり訳者あとがきには、訳者の高見浩が、ハミルについて、<ジャクリーヌ・ケネディ・オナシスと浮き名をながして・・・>、と書いている。
シャーリー・マクレーンと懇ろになるのも凄いが、それ以上に、ジャクリーヌ・ケネディ・オナシスと浮き名を流すなんて、凄いどころの話じゃない。どれほど凄いことか、昨年夏、エドワード・ケネディーが死んだ日、8月26日に書いたブログを、もし、お時間があれば、読んでください。
そう言えば、余計なことだが、さっきのテレビ・ニュースで、エドワード・ケネディーの後釜を選ぶ上院選で、大方の予想を覆し、共和党候補が勝った、と言ってたな。民主党の、というより、ケネディー家の牙城・マサチューセッツで。クソ食らえだ。
それはともかく、ピート・ハミル、凄いんだ。ここ20年ほどは、青木冨貴子に安住しているようだが。
なんだか、本題からは離れてきたようだ。ニューヨークの古本屋、ストランドの話だったんだ。それ以前に、古本屋の話だったんだ。思いつくままパソコンのキーを打っているので、とりとめなくなる。長くもなった。
元々は、「日本遺産」の補遺としての古本屋のことだったんだ。
「日本遺産」補遺、古本屋の巻は、これで終わろう。