暑い。そして、死。

晴れ。
梅雨があけたら急に暑くなった。昨日も暑かったが、今日はより暑い。
日中外へ出る用あり。はるか彼方にある太陽が、ほんの4〜5メートル先にあるんじゃないか、と感じた。
「熱ッ」って感じ。
今日の朝日夕刊に、四方田犬彦が、1週間前の9日に死んだ平岡正明を悼む文を書いている。平岡の死を新聞で知った時、「平岡正明が死んだか。オレとおない年なんだ」と思ったが、丁度同じ時に、平岡とは180度対極の朴訥、生真面目、超スクェアな人生を送り、逝った叔父の通夜、葬儀があり、そのままになっていた。
本棚を探すと、『山口百恵は菩薩である』は見つからなかったが、『菩薩のリタイア』、『海を見ていた座頭市』、『昭和ジャズ喫茶伝説』が出てきた。平岡のものはまだあるはずだが、と思ったが、山を掘るのも大儀なのでやめ、出てきたものを拾い読みする。
『菩薩のリタイア』は、1980年刊。造本は、一目で杉浦康平だなと解る、黄色でもなく、黄金色でもなく、黄土色でもない色づかい。表紙ばかりでなく、中の使用紙も。山口百恵がスパッと引退した直前の、平岡の百恵頌である。書中、「百恵の引退、夜叉すれすれに菩薩が行く」の書き出しはこうである。「山口百恵は山口百恵を虐殺した」と。
『海を見ていた座頭市』は、1973年刊。平岡の映画論集。座頭市への偏愛も当然語られているが、この年の1〜2年後、パレスチナへ渡り、重信房子の日本赤軍の基地に合流、2000年に強制送還されるまで、25年にわたり彼の地にあった異能の映画作家・足立正生の作品論が多い。
『昭和ジャズ喫茶伝説』は、2005年刊。平岡の原点、60〜70年代の新宿、高田馬場、中央線沿線、銀座、その他・・・と、書名どおりの東京ジャズ喫茶回想録。イントロに、「ジャズはジャズ喫茶で聴くもの」とある。
30〜40年前、まだ日本が経済の時代でなく政治の時代であったころ、とてつもなく突き抜けた男たちがいた。単にラディカルという言葉など、尻尾を巻いて逃げだすような。その最たるものは、竹中労であった。硬軟どのようなジャンルであれ、四角い世間の枠組みなど力技でぶち破っていた。
その竹中より10年ぐらい若い竹中の弟分・平岡も、20代半ばでデビューして以来、スクェアな連中が敬して遠のく、己に誠の人生を生き、逝った。脳梗塞。68歳。