シベリア抑留。
毎日が日曜日のようなものであるが、世間に倣い4、5日勝手に夏休みのふりをしていた。
夏休みのふりをするっていっても、何をするワケではない。常の日と同じ。
朝遅く昼近く、起きる。窓の外は相変わらず暑そうだな、と思いながら座椅子に座り朝刊を読む。
飯を食わないといけないんだが、その前に缶ビールをプシューと開ける。
起きたらまずビールを飲むのは、だいぶ前チャールズ・ブコウスキーに教わったもの。仕事をしていた頃にはたまの休日にしかやらなかったが、リタイアした後はその時々取り入れている。
その後、朝飯というか昼飯というかを食うことになる。大したものは食わない。ごくあたり前のもの。トースト1枚、卵焼きかベーコンエッグ、チーズ、バナナ(大きなバナナの場合は半分)、トマト、コーヒー(インスタント)、漬物少々。こんなものだが、普通の人にとってはへでもないこんなチョッピリの飯も食うのが大変、食い終わるまで1時間、時には2時間ぐらいかかる。途中で休憩しているからなんだが。何のために生きてるんだ、オレは、と時折り思うことがある。
ところが、こういう人はさすがだな、という人がいる。
沢木耕太郎は私よりは若い男だが、彼の作品には楽しませてもらった。『深夜特急』にしろ〚一瞬の夏〛にしろ、藤圭子との対話を30年以上にわたり表に出さず、藤圭子が自死した後に世に出した『流星ひとつ』には、沢木耕太郎の心の覚悟に唸るほかなかった。
今月初め、その沢木耕太郎の動静を知った。
沢木耕太郎、朝6時に起き白湯を一杯飲んで原稿を書く。9時に朝食をとり、その後はまた仕事をし、2時に昼食を自炊し、・・・、・・・、といったもの。
ストイックというか、自らを厳しく律している。沢木耕太郎と比べてオレはなんて、そんな分不相応なことは思わないが、それにしてもオレはどうでもいい日常を送っているな、と思うことしきり。
1945年(昭和20年)8月8日、ソ連は日ソ中立条約を破棄、日本に宣戦布告、9日未明から攻めこんできた。
米英ソ、ルーズベルト、チャーチル、スターリンによるヤルタ会談、そのヤルタでの秘密協定により、ソ連の対日参戦は決められていた。知らぬは日本ばかりなり。そのソ連に米英との仲立ちを頼んでいたのだから。
新型コロナの蔓延で、テレビでは再放送番組が多い。
暫らく前のこの番組も再放送の模様。マンガとドラマのコラボ。
木村多江扮するマンガ家・おざわゆきが父親から聞いたシベリア抑留のことを描く。
おざわゆきの父親、学生であったが招集され満洲へ送られる。
さほど経ずして終戦となるが、侵攻してきたソ連軍によりシベリアへ。シベリア抑留である。シベリアへ送られた日本人は57万5千人。
シベリア抑留での死者、55000人。
その後・・・
ダモイ、帰れるぞ。
おざわゆきの『凍りの掌』、私は知らなかった。
スターリンの暴虐のひとつである。
60年近く前に死んだ親父が遺した書籍、文献の類いは、その著作各一部以外そのほとんどすべてを処分した。が、その著作以外にほんの少数手許に残しているものがある。
この小冊子・『シベリヤ抑留スケッチ集』もそう。
満蒙引揚文化人聯盟、とある。
70年以上前のもの。薄汚れを通り越し、これでもかというぐらいに汚れている。
その扉。
目次。
序。
戦後、「鬼十則」の電通の吉田秀雄に乞われ電通に入った、満洲人脈の松本豊三が記している。
スケッチを幾つか。
「雪の行軍」。
「凍死寸前」。
「望郷の月」。
「薪とりに行く人々」。
「重材運搬」。
「虱殲滅」。
「栄失患者」。
「盗む物がなくなる」。
「鉄条網張り」。
「ロスキーマダムは五人力」。
「鉱山」。
「鐵道」。
「伐採」。
「運搬」。
「行軍」。
描いたのは、これらの絵描き。
奥付。
昭和23年2月の発行。定価40円。
時を感じる。
裏表紙。
この小冊子、私が持っていても仕様がない。夏が過ぎ、少し涼しくなった頃、新宿住友ビルの平和祈念展示資料館へ寄贈しよう。
バイデンが、アメリカ民主党全国大会で、大統領候補としての指名受諾演説を行った。
アメリカばかりか世界をめちゃくちゃにしたトランプの分断を終わりにする、と。
あの品のないトランプに負けるワケにいかない。
共和党政権の元高官約70人がバイデン支持を表明している。ヘイデン元CIA長官、ネグロポンテ元国家情報長官、アーミテージ元国務副長官、NSCアジア上級部長を務めたマイケル・グリーンといった懐かしい名前がある。
現在の支持率では、バイデンがリードしている。それでも専門家の中には、まだまだ分からない。今回もトランプが勝つだろう、という人もいる。アメリカ人、そんなにバカがいるとは考えたくもないが。
もし、今回もトランプが勝ったら、世を果無んで自ら死を遂げる人が続出するであろう。