アメリカンアーティスト・ワイエス。

アメリカのアーティストを思う。
ジャクソン・ポロック、デ・クーニング、マーク・ロスコ、ジム・ダイン、アンディ・ウォーホル、バーネット・ニューマンといった名が頭に浮かぶ。が、これは私たちアメリカ人でない者が思い浮かべること。
しかし、アメリカ人にとってのアメリカンアーティストとは、おそらくこれらのビッグネームではない。別系列のビッグネームがいる。抽象表現主義やポップアートやミニマルアートなんてワケの分からないものではないという系列。はっきり言って具象、リアリズムの系列である。それこそが、アメリカンアーティスト、アメリカの絵描きだ、というアーティスト。
アンドリュー・ワイエス、ベン・シャーン、ノーマン・ロックウェルといった絵描きである。
乱暴な譬えで日本に置き変えれば、美空ひばりや寅さんのようなものだ。また、別の角度から切り取れば、おそらくドナルド・トランプの鉄板支持層であるキリスト教福音派の人たちが「これぞアメリカのアート」と思っているアーティストであろう。
先般、最大のアメリカの国民的画家であるアンドリュー・ワイエスの展覧会が開かれた。
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地下鉄丸の内線の四谷三丁目で降り、新宿通りを2、3分歩き、少し横に入る。このような建物が目に入る。
堺屋太一と池口史子が永年住んでいた家を、昨年美術館に改装したそうだ。
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で、「愛 美術愛住館」なのかな。
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いずれにしろ、新宿通りからちょっと入っただけなのに瀟洒な建物、少し驚く。
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アンドリュー・ワイエス展。
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美術愛住館一周年記念展。
埼玉の朝霞に「丸沼芸術の森」という施設があるそうだ。倉庫業で成功した須崎勝茂という人がさまざまなアーティストの支援をしている施設だそうだが、初めて知った。今回のワイエス展の出品作は、その丸沼芸術の森の収蔵品。
小ぶりな個人美術館である美術愛住館での展示、ワイエスのアメリカンアート40点が展示された。
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≪オルソンの家≫。1960年 水彩・紙。
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≪小舟のそばの二人≫。1939年 水彩・紙。
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≪オルソン家の納屋の内部≫。1957年 水彩・紙。
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≪穀物袋≫。1961年 水彩・紙。
麦か豆かが入っているのであろう袋の絵。
このようなごく平穏な状景こそアメリカの原点、本来のアメリカの姿、と思っているアメリカ人は今でも多くいると思う。農業から離れ工場労働者となっていても。トランプ支持層の人たちだ。善良なアメリカ人とも言えよう。ニューヨークやロスで屁理屈をこねているヤツなど、本当のアメリカ人じゃない、と思っている。彼らは。
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≪納屋のツバメ≫(≪さらされた場所≫習作)。1965年 水彩、鉛筆・紙。
アメリカンリアリズムを内包している。
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そしてこれ。
≪クリスティーナの世界≫習作。1948年 水彩、ドライブラッシュ・紙。
モデルはワイエスが夏を過ごしていたメイン州で知り合った孤高のオルソン家姉弟の姉の方、幼少期の疾患で這って歩むことしかできない女性・クリスティーナ。
この後姿こそ、ワイエスをアメリカの国民的画家に押し上げた。
美術愛住館でのワイエス展、ここで終わる。


ヘルガ・シリーズはない。
ヘルガ、瀟洒な美術愛住館には相応しくないのかもしれない。
アンドリュー・ワイエス、1971年からドイツ系の女性である当時38歳であったヘルガ・テストーフを描き始める。その後、15年にわたって。誰にも知らせず、誰にも知られず。
互いの配偶者にも知られずに。1985年に作品を発表するまで。
その間、ワイエスは245点のヘルガを描いている。ワイエスとヘルガの濃密な15年間、さまざまに思われている。その間、二人の間に肉体関係はあったのかどうか、と。アメリカ人の大方の意見はそういうことはなかった、というものである。
ワイエス、アメリカの国民的画家であるものな。
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ワイエス展を辞する時、振りかえった。
新宿通りを少し入った街中に、木が生え、自転車が置かれている。ウーン。