視覚芸術百態 19のテーマによる196の作品展(続き)。

<・・・、美術館における収蔵品の展示方法も、時代別・地域別という正統な方法が充分には機能しなくなってきています。・・・。・・・。テーマとして選んだのは、・・・それらは「作品の要素」と「描写の対象」に大別できます。・・・>、と本展のパンフに国立国際美術館は記している。
昨日載せたヘンリー・ムアの≪ナイフ・エッジ≫、高松次郎の≪柱と空間≫、岡崎乾二郎の≪あかさかみつけ≫、高松次郎の≪国生み≫は、19のテーマの中でいずれも「空間」というテーマで括られている。
が、≪ナイフ・エッジ≫はその鋭い線と得も言えぬ曲面から19テーマの中の「点・線・面」でもいいし、ありそうでなさそうな立体に≪あかさかみつけ≫という何とも不思議なタイトルが付けられた岡崎乾二郎の作品は、19テーマ中「視点」がどうかとも思えるし、高松次郎の二つの作品は、ひとつはタイトルに「空間」という言葉が入っているので「空間」でもいいが19テーマ中「光」ではとも思うし、24点組のドローイングはそれこそ19テーマ中の「色彩」とか「動き」ではどうかとも考える。
どうもオレはどうでもいいようなことを考えているな、という思いがないわけではないが、コンテンポラリー・アート、現代美術を見るということは、そういうどうでもいいことを考えることを楽しむということではないのかな、と思う。
世のため人のためとか、死ぬの生きるのという問題からは離れた場での現象であることには違いない。
NMAO(国立国際美術館、英語表記のTHE NATIONAL MUSEUM OF ART、OSAKAの頭文字をとり、”NMAO”としている。因みに東京都現代美術館の略称は、”MOT”であるが、少し略し過ぎである。本来ならば、”MCAT”とするべきであろう)で催されたこの夏前の「視覚芸術百態 19のテーマによる196の作品へ戻る。

昨日載せた≪あかさかみつけ≫の作家・岡崎乾二郎の平面作品。
カンバスにアクリルで描いたものであるが、そのタイトルは・・・

こういうもの。
長い。そして、難しい。何故に。
2年近く前になる。特集で早見堯の美術批評を取りあげた「ART TRACE PRESS」第4号のことを記したことがある。藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」には「一から十までバカでした」というフレーズがあるが、「ART TRACE PRESS」は「一から十まで難しい」という雑誌であった。
そこにこのような文が記されている。この手のものの書き手の常、長い文章であるが引用する。
<絵(の具)は、ただそれだけでキャンバスにあるならば、その絵(の具)を見るものの視線に従属することになるだろうが、しかし、その絵(の具)が隣の、あるいは少し離れた、あるいははるか国境を隔てた絵(の具)と対話関係にあったとすれば、絵(の具)は、まさにその関係性において自らを立たせてゆく、そのきっかけを持つ。・・・>、という。
「不可視の宛先、南天子画廊の岡崎乾二郎」と題する永瀬恭一の批評文の書き出しである。長い文章、理解はできるが、早く結論を言ってくれってものであることは確か。早見堯に解りやすく解説してもらいたい。
作家の岡崎乾二郎も批評家であり学者。同業の早見堯、教えてくれ。岡崎乾二郎のこのタイトルはどういうものかを。
なお、「ART TRACE PRESS」のその後はと思い見てみたら、第5号は”Coming soon”となっている。もう今年は無理としても、来年あたりには出るんだ。頑張っているんだ。

この人が見ているものは・・・

これである。
オリバー・ビア≪これはチャーチワーデン・パイプである(右側)≫。
パイプ、樹脂。
これも不思議な作品であり、不思議なタイトルである。まあ、タイトルの前段はいい。しかし、終わりの部分の「(右側)」ってどういうことなのか。右も左もこの小さなパイプがひとつしかないのに。
これが、おそらく、コンテンポラリーのコンテンポラリーたるところなのであろう。やりきるんだ。

ヨーゼフ・ボイス≪直観≫。
鉛筆の書き込みのある木の箱。
小さな木の箱である。箱の上の方、影となっているあたりに鉛筆による書き込みがある。2本の線と共に。ただそれだけ。しかしである。ボイスの作品となると、その小さな木の箱の持つ意味が違ってくる。
それが「直観」とこられるとなおさらだ。

前方で明るく輝いている作品は、関根伸夫≪位相No.5≫。
ラッカー、合板、木。

高松次郎≪波の柱≫。
木、ラッカー。
国立国際美術館には高松次郎の作品が多くある。平面、立体を問わず。
波のように波打つ白く塗られた柱、そしてその影、得も言えず。

ヤン・ディベッツ≪三枚の写真(遠近法の修正)≫。
写真、鉛筆、紙。
NMAOコレクションのこの写真、高橋重夫の日付写真を思いだす。

ジーパンにリュック、頭から両肩にかけてスカーフで覆っているこの若い女性、マレーシアかインドネシアか、いずれにしろ東南アジアのいずれかの国から来たムスリムの女性。
彼女がじっと見つめる先にはこの作品が。

ロイ・リキテンスタイン≪指さし≫。シルクスクリーン、紙。
東南アジアのムスリムの若い女性が見つめているのは、”I WANT YOU”、アンクル・サムが表わすまさにアメリカのこの作品。
この「指さし」の作品には、アメリカが詰まっている。
で、髪に大きなスカーフを巻いた東南アジアから来たであろう若いムスリムの女性、この絵にドナルド・トランプを重ね合わせていたに違いない。ムスリムを排斥するトランプを。


まだ書き継ぐはずであったが、堪え性が無くなっている。明日にする。