三陸沿岸紀行(23) 石ノ森萬画館。
石巻が誇るマンガミュージアム・石ノ森萬画館へ。
中瀬へ渡る西内海橋の上から見る石ノ森萬画館。
石ノ森萬画館入口へのアプローチ。
開館時間は9時。
多くの漫画家の手形が。
開館を待つ先客がいた。
7分丈のズボンにサンダル。両肩にはそれぞれにリュック。大きなカメラを持っている。典型的なオタ・、いや、由緒正しい正統派である。
トビラの前にも先客が。こちらは、外国人の女の子。やはり7分丈のパンツに、リュックの片方だけを肩にかけている。
石巻のマンガミュージアム、海外でも秋葉原などと共に、マンガの聖地となっているのであろうか。
9時丁度に入口が開く。入った目の前には、これ。
<みんな! 待たせたな!!>って記されている。
2011年3月11日のあの日、大きな津波に襲われた石ノ森萬画館、再開までには2年を要した。
やや見づらいが、津波、中央上の印のところまできた。
ここまで。
津波遡上高、約6.5メーター。
ウムッ、石ノ森章太郎の原点は、中世か。
「萬画宣言」。
マンガは萬画、Million Artである、との宣言だ。力強いな。
交流エリアから常設展、企画展、学習・体験ゾーン、と進む。
とても盛りだくさんなんだが、一例をあげると・・・
「龍神沼」。
とても優しく教えてくれる。
私のような初心者にも。
図書室もあれば映像ブースもある。3、40席の映写室もある。15分ほどに纏められた「シージェッター海斗」というものを見た。
マンガに関しちゃ何でもある。マンガの総合博物館、といってもいいんじゃないか。
こういう掲示の一画がある。
<2011年3.11 東日本大震災発生>。
この津波詳細地図の右側の中瀬、浸水高5.85mとなっている赤丸のあたりに、石ノ森萬画館はある。
こういう状況だったんだ。
2011年3月11日、当日の中瀬の模様。
翌日、3月12日。
3月13日。
3月27日。
同日の館内。
4月20日。
5月5日。
その年の暮、12月。
正面玄関にある応援ボードに多くのメッセージが書きこまれている。
<仮面ライダー1号は永遠なり>とか、<石のまきガンバレ>とか、<みんな好きよ>とか、<俺は仮設住宅作りがんばるぞ!!>とかといったメッセージが。
こういう掲示も。
地震発生時の館内には何人の人が?
津波の方向は?
津波の高さや被害状況は?
そして、2年後の2013年3月23日、リニューアルオープン。
多くの漫画家からの応援、支援の色紙が。
漫画家って、同業内の連帯意識が案外強い。
プロダクション形式は取ってはいても、基本的には個人の世界ではあるのだが。
吹き抜けの上からミュージアムショップを見る。
あのオ・・、いや、由緒正しいいでたちの正統派の男がグッズを選んでいた。
3階のカフェから、北上川の河口の方を見る。
石巻港の内港の方を。
中瀬で別れていた北上川、中瀬の先端で合流している。
司馬遼太郎が記す如く、谷新平なる男が中瀬を築いたのには問題があった。4年半前の3.11でも、そのことは思い知らされている。
しかし、中瀬の先、石巻の内港のあたり、趣きがある。