スポットライト 世紀のスクープ。

CNNをクソ呼ばわりするは、ニューヨーク・タイムズは廃刊にすべきだ、とほざくドナルド・トランプの時代となったが、民主主義国と標榜する限り、ジャーナリズムの大きな存在基盤は権力への監視、チェックであろう。
トランプお気に入りの御用メディアとなり下がった瞬間、そのメディアはジャーナリズムとしての立ち位置を失う。
アメリカにはクウォリティ・ペーパーはあるが、日本のようにクウォリティ・ペーパーでありながら1000万部に近い部数を持つ新聞はない。ニューヨーク・タイムズでも、せいぜい100万部いくかどうかである。
ハーバードやMITといった世界トップクラスの大学、何よりも日本人にとっては小澤征爾が長年暮らした町であるボストンにボストン・グローブ紙はある。発行部数は数十万部。クウォリティ・ペーパーである。アメリカという国、プロテスタントが主流である。しかし、ボストンではカトリックが半分強を占めている。進歩的でありながら、保守的でもある模様。

『スポットライト 世紀のスクープ』、昨年のアカデミー賞に6部門でノミネートされ、作品賞と脚本賞を受賞した。

監督はトム・マッカーシー。
実話に基づくドキュメンタリータッチの作品である。

2001年の夏、ボストン・グローブ紙に新しい編集局長・マーティ・バロン(リーヴ・シュレイバーが扮す)がやってくる。遥か南のマイアミから来た男である。
マーティ・バロン、ボストン・グローブ紙に埋もれていた小さな記事を調べるように「スポットライトチーム」に指示する。ゲーガン事件の調査を、と。

アメリカの主流はプロテスタントである。しかし、ボストンではカトリックが半数強を占める。バチカンに繋がるカトリックこそ巨大な権力である。そのカトリックの神父であるジョン・ゲーガンが長年にわたり数多くの少年に性的虐待を行っていた。
しかし、それはアンタッチャブル、タブーとして埋もれていた。
カトリックでないマイアミから来たユダヤ人であるマーティ・バロン、ボストン・グローブの「スポットライトチーム」を使いジョン・ケーガンの性犯罪を調べる。
と、何とボストンだけで70人以上のカトリックの神父が男の子に対する性的虐待、つまり性犯罪を行っていたことをつきとめる。

その年・2001年は、9.11のあった年。
ボストン・グローブの「スポットライトチーム」の調査も一時止まるが、巨大権力であるカトリックの神父の犯罪を暴いていく。多くのカトリックの神父が、男児への性的虐待を行っていることを暴く。

ボストン・グローブの「スポットライトチーム」、その翌年であろうか、この調査報道によりピューリツァー賞を受けている。
権力への対峙、ジャーナリズムの責務である。
巨大な権力を手中にし、日々それを連発しているドナルド・トランプに対する各メディア、そのチェックがいかに大事であるか、日本国民すべて思いいたすことが。