原爆資料館 リニューアル。

6日、広島原爆の日の夜のNHK。リニューアルした広島原爆資料館のドキュメンタリーが流された。
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”ヒロシマの声”が聞こえますか。
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「”ヒロシマの声”がきこえますか~生まれ変わった原爆資料館~」。
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被爆者の記録。
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遺品や写真が語る”あの日の惨状”。
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広島、被爆者の象徴とも言える坪井直さんの映像が流れた。
坪井直さん、体調を崩され今年の平和式典には出席していなかった。坪井直さんも94歳となる。
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坪井直さん、前を見据えてこう語る。
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そして、こうも。
次世代に伝えるんだ。
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市民が描いた原爆の絵。
記憶と向き合う。
内田栄一作≪垂れ下がった目玉を手で受け止める≫。
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香川千代江作《娘を助け出そうとする母》。
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藤岡久之作《おかあちゃんー》。
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1995年、スミソニアン航空宇宙博物館で、エノラ・ゲイと共に原爆の惨状をも伝える展覧会が企画された。
しかし・・・
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このような全米退役軍人協会の反対によって、原爆の実情を伝える展覧会は中止となった。
広島と長崎への原爆投下は良かった、と考えているアメリカ人は今でも多い。
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広島原爆資料館のリニューアルを主導した資料館の前館長・志賀賢治は、こう語る。
74年前の8月6日には、捕虜となっていたアメリカ人も被爆死している。
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戦後の歩み、原爆を引きずっている。
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路面電車の中で被爆したお母さんから、その翌年に生まれた女の子をNHKは追った。現在72歳の田岡月見さんだと判明した。
72歳になった新しい命。



いつであったか、以前、原爆資料館で求めた写真集について記した覚えがある。
見つけたその写真集には、1997年9月に資料館を訪れている書きこみがある。20年以上前となる。
リニューアルした原爆資料館へ、また訪れなきゃならないな。

「安倍総理にお願いします」、85歳の被爆者は語る。

長崎は今日、被曝から74年を迎えた。
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午前10時50分、長崎平和公園からのNHK中継が始まる。
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献水。
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原爆が投下された11時2分、長崎の鐘が鳴らされ、黙禱。
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長崎市長・田上富久の平和宣言。
静かにお聞きください、と言ってこう続ける。
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さらに・・・
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さらに・・・
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被爆時17歳であった女性の詩を語る。
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そして、現在の厳しさを増している核状況を。
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こうも語り・・・
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日本政府に核兵器禁止条約への署名、批准を求める。
6日の広島市長・松井一実と同じく。
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その言葉を聞く内閣総理大臣・安倍晋三。
安倍晋三、今日も非核三原則の順守は語るが、核兵器禁止条約については触れず。
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長崎市長の後、被爆者代表が「平和への誓い」を語った。
11歳の時に被曝した山脇佳朗さん。現在85歳。
爆死した父親の遺体を焼いたのだが、完全には焼けず、頭蓋骨を割ると中から脳みそが流れだして怖くて逃げ出した、と語る。
そして、
「安倍総理にお願いします」と語る。
「核兵器をなくすことに」、と。
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85歳の被曝老人の「安倍総理にお願いします」、という言葉は目をつむって聴いているが、安倍総理がそれに応えることはない。
「こればかりはアメリカへの慮りから離れて」、と言われても。立脚点が違うんだ。聞き流すのみ。
安倍晋三にとっては、8月6日と9日は、ただ耐える日であろう。この点、先帝である現上皇とは相いれない。お互いに、そう思っていたであろう。
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11歳で被爆した山脇佳朗さん、最後にこう語る。60歳を過ぎてから独学で習得したという英語で。
「長崎を最後の被爆地にしてください」、と。
山脇佳朗さんのこの言葉が守られるかどうか、今、とても危うくなっている。
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一昨年に続き、この人が来ていた。
国連事務次長、国連のナンバー3である中満泉がささっと歩いてくる。
「いよっ、国連の姐さん」、と声をかけたくなってくる。
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中満泉、国連事務総長、アントニオ・グテレスの挨拶を代読する。一昨年は日本語とともに英語でも語ったが、今年は日本語のみであった。どうしてかな。
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11時45分、NHKの中継は終わる。


一昨日、昨日と外出していた。
小泉進次郎が、首相官邸で結婚発表をしたそうだ。滝川クリステルと結婚、と。一昨日の昼過ぎ。テレビ各局は官邸から生中継したそうだ。一昨日、夜になって知った。
小泉進次郎、いわば上司である自民党総裁・安倍晋三に結婚の報告に行った、ということであろう。が、その後、記者に取り囲まれ会見という運びだったようだ。
自然な流れといえば自然な流れである。が、入念に仕組んだものである、と考えるのが理の当然。
小泉進次郎、テレビジャックを行った。すばしこい。おやじ譲りだな。
安倍晋三の後を考えてのこと。
安倍晋三の後、誰が日本のかじ取りとなるのか。
岸田文雄は頼りない。石原伸晃はもっと頼りない。石破茂は党内基盤が弱い。結局のところ菅義偉となるであろう。
しかし、菅義偉はあくまでも中継ぎ、トップに立てる器ではない。ではその次は。河野太郎、茂木敏充、世耕弘成あたりが狙っているであろうが、彼らよりひと世代若い小泉進次郎となる公算が高い、と考える。
小泉進次郎、それを睨んでの首相官邸記者会見、テレビジャック。来年初めには子供も生まれる、というおまけまでつけて。
それはいいが、小泉進次郎人気、ボヨーンとしているところがある。
私が知っているのは、農政を勉強しているということだけ。
そろそろ対米、対中、対ロ、対韓、といった外交面、経済、防衛、福祉、その他もろもろの考えを国民の前に示すべきであろう。


広島の松井市長、長崎の田上市長が言うように、今、核兵器禁止からは逆方向へ振れている。
米ロのINF(中距離核戦力廃棄条約)が先週、8月2日に失効した。
トランプが「ヤーメタ」とした。それも一理はある。現在の核状況、米ロだけではすまない。中国を引っ張り入れないと。
しかし、ますますヤバい方へ向かっている。
賢人がいないんだ。


このところ、米中の貿易摩擦はさらに過熱の度を深めている。
アメリカは中国を為替操作国に認定した。貿易摩擦に加え、為替戦争となった。NYダウは乱高下している。円高が進み、日経平均も大分下げている。世界同時株安が進んでいる。
もとはと言えば、トランプの大統領選の戦略だとは思うが、何でもかでもアメリカに有利でなけりゃという考え、はた迷惑極まりないな。


日韓もゴチャゴチャしているな。
なんでも日本が、韓国をホワイト国から外したことが、さらに火に油となったようだ。
日本からいえば、韓国は日韓請求権条約、つまり国と国との約束を守らない、と言っている。韓国は、どうも日本の上から目線にカッカと反発しているようだ。
文在寅は、北朝鮮と組んで日本に対抗する、ということまで言っている。
今月24日に、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)の更新期限がくる。このような状況で、更新延長できるのか。ややこしい。

足利番外編 鑁阿寺。

「あー なんじゃろ なんじゃろ よっちゃんイカ」。日本のお菓子で特に好きなものは?、と訊かれた渋野日向子、ひとつに絞れと言われてもと言い、こう答える。
ラウンド中は「タラタラしてんじゃねーよ」という裂きイカのようなものを食っていた。「よっちゃんイカ」は50円だそうだが、「タラタラ・・・」は100円のお菓子だそうだ。
驚いた。
1年前にプロテストに通り、海外へも初挑戦という20歳の渋野日向子が、全英女子オープンで優勝した。樋口久子以来42年ぶりのメジャー制覇。
30年近く前、胃を切り取り骨と皮になったのでゴルフもやめ、今では中継もほとんど見ない私、渋野日向子という名も、今回の全英女子オープンの予選を2位で通ったという報道があるまで知らなかった。
へー、と思っていたら、何と何と優勝してしまった。
渋野日向子自身も、「勝っちゃったよー」とか「なんで私が優勝しちゃったんだろうか」、なんて言っている。
3日目あたりから海外メディアは「スマイルシンデレラ」と呼んでいたようだが、よく笑っている。ラウンド中にパクパク駄菓子を食べながらも。スマイル、スマイルである。
それ以上に勇気のある女性であることを感じる。
最終18番ホール、6、7メートルのバーディーパットをど真ん中からねじ込んだ。ヘタしたら2、3メートルオーバーしちゃうという強きのパット。通常、あの場面では打てないよ。あれほどガツンとは。いや、勇気のある女の子である。驚いた。
ニュースで久しぶりに岡本綾子の顔を見た。
樋口久子の後、岡本綾子がメジャーを制すのではないか、と思われていた。全米の賞金女王にもなっているし、アメリカツアーでも17勝を重ねた岡本綾子が。しかし、その岡本綾子でもメジャーを制覇することは叶わなかった。プレーオフで敗れたり、2位が3、4度あったが。
そのメジャーを、海外初挑戦の20歳の女性というか女の子というか、駄菓子大好きな20歳女子が勝ってしまった。ニコニコして。
愉快。とても愉快。


足利番外編、残るひとつ、鑁阿寺へ。
鑁阿寺へは2日目、雨の降る中を行った。
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足利学校やこのあたり、石畳が美しい。
突き当たりが鑁阿寺。
「鑁阿寺」って難しい字である。「ばんなじ」と読む。
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山門。
その前に小さな太鼓橋。
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このような説明がある。
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真言宗大日派本山。
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重厚な山門だ。
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伽藍圖がある。
周りには土塁や濠が巡らされ、東西南北に門がある。
中世の武士の居館の跡である。
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正面に本堂。
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雨の降る中、掃除をする人がふたり何やら話している。
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右の方を見ると・・・
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赤い帽子を被ったお地蔵さまが。
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左手にはこれも。
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多宝塔。
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そのすぐ側に。
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これ。大銀杏。
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本堂。
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密教様式と禅宗様式の折衷。
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つい何年か前、国宝となった。
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雨の中、本堂へ。
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不動堂。
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このような。
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これは・・・
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鐘楼。
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立派な山門をくぐり、小さな太鼓橋を渡るころ、また雨が強くなってきた。
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暫らく太鼓橋の中に入る。
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ぐるっと囲む濠にも雨が落ちる。

足利番外編 足利学校。

暫らく間が空いたが、足利での番外編を二題。
まずは足利学校。
足利での初日、旧足利館を出た後、松村記念館へ行く途中に寄った。
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足利学校入徳門、静かな佇まい。
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「近代日本の教育遺産」というものがあるそうだ。
足利学校の足利の他、旧弘道館などを有する水戸、旧関谷学校などの備前、それに私は知らないが咸宜園などの日田、この4市の施設だそうだ。
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暫らく進むとこの門。
よく知られた門だ。學校門。
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このような。
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入る。
正面は杏壇門を通して孔子廟。
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「杏壇」とは、<孔子が弟子たちを教えたところに杏の木が植えられていたところに由来する>、と足利学校のパンフにある。
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孔子廟は改修中であった。
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このようなものであるが。
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小ぶりなものであるが、築山泉水式庭園がある。
これは・・・
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南庭園。
やはり同じような池と築山から成る北庭園もある。
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復元された方丈と庫裡。
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このような。
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入る。
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入ってすぐ、孔子さまのこのようなものが。
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子曰く・・・である。
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方丈の方へ進む。
このようなものがある。漢字試験。
日本では、漢字を知らなきゃどうにもならないって時代がずっと続いてきたものね。日本という国、漢字文化圏から抜けることはできない。
サミュエル・ハンティントンは、その著『文明の衝突』の中で、中華文明から離れた日本文明を8大文明のひとつとした。私は、ホントかよ、という思いをずっと持っている。
安倍晋三は新元号「令和」を決めるにあたり、中国離れを図ったとして、万葉集からとした。しかし、その言葉自体が漢字である。中華文化圏からの決別など大変だよ、ホント。
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孔子座像。
孔子だ。
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こういう写真があった。
平成8年10月24日、今の上皇と上皇后が、国賓として来日されたベルギー国王と王妃を足利学校へ案内されている。文明国日本をベルギー国王夫妻へ。
それにしても、足利学校へ案内するというのは凄いことだ。北関東なら日光もあるのに足利とは。上皇、上皇后両陛下の知性の高さを感じる。
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書院から庫裡の方を見る。
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足利学校の創建については諸説があるようだ。
<平安時代の小野篁説、・・・、歴史が明らかになるのは、上杉憲実(室町時代)が、・・・>、と。
そのご両所の像。
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「国宝」との記述。
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これ。
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このようなもの。
国宝≪宋版礼記正義≫(複製)。
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これは・・・
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これ。
国宝の複製なんだなと思ったが、ひょっとしたら複製品が国宝かも、とも思われる。
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『論語抄』という小冊子を求めた。
「子曰く・・・」、という言葉が記されている。
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たしかにそうであります、という言葉が。
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そうではあるが、皆が皆、孔子になるのは難しい。
今、思いついた。
習近平は『論語』を、孔子の言葉を読んでいるのか、と。抄訳でもいい。読んでほしいな。己を抑えなきゃ。
この点、安倍晋三も同じ。自己を見つめてもらいたいよ。


とても暑い日が続いているので、ほとんどの日は家でグダーとしている。
が、時折りは外へ出る。
一昨日は九十九里に所用があったので外へ出、その後、佐倉のホテルへ泊まった。久しぶりで佐倉のDIC川村記念美術館へ行き、マーク・ロスコの『シーグラム壁画』
と対面するため。
昨日、ロスコの作品と久しぶりで対峙した。
ニューヨーク、マンハッタン、フォーシーズンズ・ホテルの壁画、マーク・ロスコがキャンセルした。
俗悪を嫌って。



今日、「あいちトリエンナーレ2019」の実行委員会は、企画展「表現の不自由展・その後」を中止すると発表した。
脅迫が相次いだという。電話、ファックス、ネットで。「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」、というようなものもあったそうだ。で、中止と、。
受けて立つ、という選択肢は主催者側にはなかったんだ。
名古屋市長や内閣官房長官の言葉にビビってしまった模様、主催者は。
だらしない。


芸術監督の津田大介は、「断腸の思い」と語っているが、その責任はそれではすまない。「想定外」なんてことも言い訳に過ぎない。ことをやるからには、簡単に白旗をあげるな。
これで権力側は気付いたぞ。ちょっと押さえつけてやればいいんだ、と。その周りの寂しいネトウヨも、アイツら叩けばいいんだ、と。
津田大介の責任は重い。
どうする。
頭を丸めろ。少なくとも金髪は刈取り、少ない頭を剃り、引退すべきであろう。
その責任、それほどのものである。

高尾、そして立川。

できのいい人で長生きする人もいるが、概ね才能豊かな人は早死にする、というのが世の倣いである。
ある時期、ユニークな女性路線を確立したじゃこめてい出版の編集者・青木太郎もそのような男であった。
三宅菊子、桐島洋子、犬養智子、吉沢久子、・・・・、・・・・、多くの女性の書き手を世に送り出した。
青木太郎、私と同期、1961年に早稲田へ入っている仲間。イヤミなヤツであったが、能力がある男であった。そのような間柄で青木が死ぬまでつきあった。
23年前の夏、青木は急死する。
酔っぱらって階段から落ち、運悪く後頭部を打ち、死んだ。
その年から23年となる。
毎年、自ら出版社を成していたが、先年閉めたどうぶつ社の久木亮一と高尾の東京霊園の青木の墓を訪れている。どうぶつ社所縁の女性2人と共に。
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昨日の高尾、東京霊園。
東海地方へ上陸した台風が接近していたが、高尾の東京霊園はまだ晴れていた。
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帰り、JR高尾駅にこのようなものが。
先般の大戦の折りのもの。
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これだ。
1945年、昭和20年、日本のあちこち、アメリカ軍の情け容赦ない爆撃を受けた。高尾の地も。
日本の夏、戦争の夏である。
高尾で墓参りをし、その後、立川へ。
4時半ごろ、いつもの大きな居酒屋へ。
この行動も、いつものルーティン。青木の思い出を肴に酒を飲む。
立川も花火の模様、居酒屋、フル回転、超満員。2時間、とのこと。
その後は、これもこのところのルーティン、カラオケへ。
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いきなりチコちゃん、いやチカちゃんの「りんご追分」から入った。
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美空ひばり死してから30年となる。
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どうぶつ社は閉めたが、未だ出版界とは関わりがある模様の久木、西田佐知子の歌を。
半世紀以上前から、久木は西田佐知子、西田佐知子ってうるさいんだ。
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後期高齢者、80近いジジイが「流れ流れて」もどうかな、とは思うが、それでも流れ流れていたいんだ。
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少しクールダウン。
グラシアス・スサーナだ。
「時計よお前ーに、心あるならーば」。
これも半世紀前になるか。
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じゃこめてい出版所縁の一番若い女性が歌った。
中島みゆきの「時代」。
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私はこの歌をはずすことはできなかった。
この後、「後ろ見るよな柄じゃない。どうすりゃいいのさこの私・・・」、と続く。
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「夢は夜開くー」、と。

足利CON展(11) 栗田美術館(続き)。

CON展の展示は昨日記したところだけであるが、栗田美術館には多くの建物があり数多くの焼き物が展示されている。
栗田美術館、約3万坪の地に30ばかりの建物が点在している。その幾つかを周る。
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この現在は開けていない栗田山荘を横に見て。
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少し歩いて本館へ。
20年以上前、いやもっと前かもしれないが栃木と群馬、北関東の幾つかの美術館を2、3日、見て回ったことがある。その時に足利の栗田美術館も訪れた。何だかやけにいっぱいあるな、しかし、数があればいいってものではないな、という印象を持った。
焼き物に特化した美術館として、箱根美術館や大阪の東洋陶磁美術館のような優美さ、洗練された趣きがないんだ。
その大きな理由は、栗田美術館のコレクションが伊万里と鍋島の磁器のみ、ということにある。色絵の磁器、いまひとつ、ということが私の中にあるからなのだが。磁器よりは陶器の方が好きなんだ。
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石を敷きつめた本館へのアプローチに、このような文言が彫りこんである。
栗田美術館創立者・栗田英男の強靭な意志が。
本館内には、江戸初期から明治にかけての伊万里(栗田美術館では、伊萬里という表記を使っている)と鍋島が数多く展示されている。が、撮影は許されていない。
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本館の側の資料館に、創立者・栗田英男のこのような言葉が記されていた。
肥料で財を成した人だそうだが、国会議員にもなり、フィクサーのようなこともし、伊万里と鍋島に入れ上げ、とともかく熱い人なんだ。
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歴史館が見えてくる。
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歴史館、背が高い。
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ここだけ撮影が許されているところがある。
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このような説明がある。
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部屋に入る。
大壺が並ぶ。
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人の背丈より大きな色絵の大壺。
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このような説明が。
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伊萬里や鍋島の色絵大壺、派手で艶やか。
そうではあるが、いや、そうであるからこそ、上昇志向、権力志向が強い人たちが愛でる、ということよく分かる。
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緩やかな山道を通り陶磁会館へ出る。
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館内の展示室では、このような特別陳列が催されていた。伊萬里焼の「香炉と火入」展。
なお、「火入」は喫煙道具。煙草の火種を入れる火入れ。煙管を使っていたころの道具。明治ぐらいまでは使われていたのではないか。
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陶磁会館の中にはシックな喫茶室がある。
今、栗田美術館の中で唯一開いている喫茶室。他の喫茶室は閉めている。
コーヒーをたのんだ。ドトールやマックとは異なる本格的なコーヒーが出てきた。時間もかかった。料金もそこそこの。しかし、客がいない。この日はどこへ行っても私以外ほとんど他の人を見かけなかったが、それにしてもである。
色絵磁器、イマイチとは思いながらも、美術館の行く末は気にかかる。栗田美術館のことも。
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阿蘭陀館の横を通り帰る。
ここはミュージアムショップであるが、客は誰もいなかった。
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大手門を出てJRの駅へ戻る。
雨は小やみとなっている。
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JRあしかがフラワーパーク駅。
道にも駅にも誰もいなかった。
JR足利駅へ戻る。
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JR足利駅へ戻った後、タクシーで東武足利市駅へ。
渡良瀬川を渡るころには、また雨が降りだした。
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足利CON展、2日間で青いマーカーで囲ったところだけを周った。
暑かったり、雨が降ったりしていたのだから、これで十分である。
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ひと月ほど前、河瀬和世さんからこのような葉書を頂戴した。
貼られた和紙に塗られた朱の変容、えも言えず。