親方と弟子。

白鵬と鶴竜が休場すると言うので、今場所の優勝は稀勢の里となろう、と多くの人が思っていた。稀勢の里自身も「優勝しかない」、と言っていた。
ところが一年納めの九州場所、ふたを開ければ、この一番がすべてであった。

初日、稀勢の里と当たった小結・貴景勝、はたき込みで稀勢の里を土俵に這わせた。
稀勢の里、腹から落ちた。今場所を象徴する一番であった。
結果としては、場所の主役が稀勢の里から貴景勝に移った瞬間であった。

稀勢の里は初日から4連敗、5日目からまたも休場に入った。
この日、5日目、稀勢の里の横綱となってからの成績がNHK中継に流れた。確かこの日、私は稀勢の里には土俵の美学は通じないのか、と記した。
遥か昔、私が小学坊主の頃、千代の山という横綱がいた。強烈な突っ張りを持った横綱であった。が、成績不振の場所が2、3場所続いた。その時千代の山は、「横綱の権威を汚す。横綱を返上し、大関に降格させてほしい」、と申し出た。結局、「まだ若い」、との理由で受けつけられなかった。
しかし、千代の山は2、3場所の不振で決死の覚悟を表明した。それに対し稀勢の里は、「あと一度チャンスを与えてほしい」、と言っている。日本相撲協会はすんなりと受け入れている。また、稀勢の里の親方・田子ノ浦部屋の田子ノ浦親方は、「本人がそう言っているので、来場所はやるでしょう」、なんてことを言っている。
田子ノ浦、現役最高位は前頭8枚目の隆の鶴、先代親方から引き継いだ横綱・稀勢の里をコントロールしているとは言えない。
今日、九州場所千秋楽。各部屋では打上げのパーティーが行われている。田子ノ浦部屋でも。そのパーティーには稀勢の里も出席し挨拶している。
何ということ。謹慎していてもいい状況ではないのか。稀勢の里は。
田子ノ浦部屋、親方も弟子もそれでいいのか、と思うことしきり。

そのような中、小結・貴景勝が突っ走った。横綱、大関の中でひとりだけ優勝経験のない高安も追いかけた。
13日目を終わって、星取、1差。

14日目、貴景勝と高安の直接対決。
貴景勝が勝てば、千秋楽を待たずに優勝が決まる。高安が勝てば、ふたりは同星、優勝は千秋楽に持ち越される。

貴景勝が押しこんでいた。が、土俵際で高安が身体を回した。先を失った貴景勝、下へ落ちた。
貴景勝、相撲に勝って勝負に負けた。
これで高安と貴景勝、まったくの同星。千秋楽如何となる。

千秋楽の今日、花道で出を待つ貴景勝。

貴景勝、錦木をはたき込みで下し13勝2敗。結びの高安の結果を待つ。

結び、高安と御嶽海の一番。
高安は、勝って貴景勝との優勝決定戦に持っていきたい。
昨日まで6勝8敗の御嶽海は、勝ってひとつの負け越し。そうなれば小結に踏みとどまり、11場所保ってきた三役の座を護ることができる。

御嶽海が高安を土俵際まで追いつめた。高安、踏んばった。力が入る攻防があった。
が、最後にには御嶽海、すくい投げで高安を破る。

その瞬間、貴景勝の初優勝が決まる。
初土俵以来わずか26場所でのスピード優勝。先輩たち、照ノ富士以外はすべて横綱となっている。

敗れた高安、土俵上で暫らく起き上がれず。

貴景勝、理事長・八角から賜杯を受ける。

土俵下での優勝インタビュー。
「弱い自分が何度も出そうになりましたが、あきらめずにやってきてよかったです」、と語る。
22歳の若者である。30過ぎの横綱など思いの外へ吹っ飛ばす活躍であった。
場所の直前、貴乃花親方が相撲協会を離れ、千賀ノ浦部屋へ移ったことにも、新しい親方にもよくしてもらっている、と。そして、入門以来育ててくれた貴乃花親方には電話で報告した、と。
よくできた若者である。