運慶展。

日本人が知っている仏像で最もポピュラー、誰でもが知っているという仏さまは、東大寺の大仏さまではないか。日本人で東大寺へ行ったことがないなんて人は、おそらくいないであろうから。東大寺へ行けば、大仏殿へ入る前に南大門を通る。
だから皆さん自ずと、南大門の金剛力士像・仁王さまと対面する。筋骨隆々の阿形吽形像、皆さん「スゲー」って声を発する。修学旅行の中学生あたりならば、なおのこと。
東大寺南大門金剛力士像、運慶、快慶、定覚、湛慶の4人を大仏師として造られた。取りまとめは運慶。
日本という国、さまざまな仏師がいた。その中でランク付けをすれば、まずトップは運慶、ということに異を唱える人はいなかろう。

東博での運慶展、会期末に近かったのだが、週末の夜間に行ったらこの程度の待ち時間ですんだ。

平成館の外壁看板。
興福寺中金堂の再建記念ということで、東博での展示となったようだ。

平成館内の垂れ幕。

こんなスタンディーがあった。
運慶学園って、今や仏像博士のみうらじゅんが中央にいるのはいいとして、パックンや篠原ともえも運慶学園生徒、仏像云々の学生らしい。

音声ガイド、ナレーターの人が存じあげぬ人であるためか、何を聴いたのか、今まったく思いだせない。

音声ガイド、英語、中国語、韓国語のものもある。
国立博物館としては、当然のことである。

国宝 無著菩薩立像(部分)。
鎌倉時代、健暦2年(1212)頃。奈良・興福寺。
運慶晩年の肖像彫刻の傑作である。

国宝 大日如来坐像(部分)。
平安時代、安元2年(1176)。奈良・円成寺。
凛とした仏の姿。運慶、20代後半の作品である。

運慶が生きた世は、平安時代末期から鎌倉時代へという時代であった。
源平の争いがあり、源氏が勝ち、貴族から武士の世への激動期であった。
仏師の世界でも、それまで主流であった朝廷や公家に支えられていた京都の仏師に対し、奈良の興福寺に拠る奈良仏師の世界となった。
運慶、まさに奈良仏師のスターとなる。
もっと多くあるように思えるのであるが、運慶作と確実に言えるものは、30体ほどしかないらしい。
今回、その内の22体が東博へ集った。

チラシの左半分。

右半分。

国宝 四天王立像のうち多聞天。
鎌倉時代、13世紀。奈良・興福寺南円堂。
シャープ、なおかつ、ダイナミック。

重文 阿弥陀如来坐像。
鎌倉時代、文治5年(1189)。神奈川・浄楽寺。
運慶、仏の姿をこの世に彫った。