ハンナ・アーレント。

アルゼンチンに潜んでいたアドルフ・アイヒマンが、世界最強の情報機関・モサドによって拘束され、秘かにイスラエルに運ばれたことは昨日記した。
そのアドルフ・アイヒマンを裁く裁判は、1961年4月11日エルサレムで開かれる。
20世紀を代表する悪人のひとりを裁く世紀の裁判である。エルサレムへは世界中から傍聴者が訪れた。開高健も行っている。中で、半世紀以上経った現在でも世界に影響を与え続けている人物、それがハンナ・アーレントである。
ハンナ・アーレント、1906年ハノーバーに生まれる。ユダヤ系ドイツ人である。子供のころから哲学を学ぶ。指導を受けたお師匠さんが凄い。ハイデガー、フッサール、ヤスパース。私などその名前を知るのみで、もちろん1行たりとも読んだことなどないビッグネームばかり。
ドイツはヒトラーのナチス政権となっていく。ユダヤ人であるハンナ・アーレントも危ない。フランスへ逃げる。が、フランスへ侵攻したナチのゲシュタポに捉えられる。が、脱走。アメリカへ亡命する。結婚もする。離婚もする。
アメリカでは幾つかの大学で教職につく。プリンストンやハーバードで。世に知られた哲学者、超の字がつく大学で。
そのハンナ・アーレント、アドルフ・アイヒマンが捕らえられエルサレムで裁かれると知った時、「ザ・ニューヨーカー」誌の特派員としてエルサレムに行き、アイヒマン裁判を傍聴する。
同年12月15日、アイヒマンに死刑との判決が下されるまで。
さらに翌1962年6月1日、アイヒマンに絞首刑が執行されるまでのことを「ザ・ニューヨーカー」に連載、単行本化される。
『エルサレムのアイヒマン  悪の凡庸さについての報告』である。

この映画『ハンナ・アーレント』、監督はマルガレーテ・フォン・トロッタ。
ハンナ・アーレントに扮するのは、バルバラ・スコヴァ。

『ハンナ・アーレント』、2013年の作、ドイツでは数々の賞を取っている。
日本では、一昨年、神保町の岩波で単館上映されたのが初め。私は昨年、キネマ旬報の直営館で観た。

600万人のユダヤ人を強制収容所へ送り、ホロコースト・絶滅計画を主導したアドルフ・アイヒマンである。極悪人である。
が、である。
ハンナ・アーレントはアドルフ・アイヒマンに対しこう捉えた。『エルサレムのアイヒマン  悪の凡庸さについての報告』の中で。
アイヒマンは、「命令に従っただけ」という。そうなんだ、思考することを放棄すればそうなる。ごく普通の人が。
で、ハンナ・アーレントこう記すんだ。
「本当の悪は、平凡な人間が行う悪です」、と。それを、「悪の凡庸さ」、と名づける。
アドルフ・アイヒマンも、単に上の命令に従う、組織の調和を守る小役人にすぎない、とする。
何やら、昨今の加計学園についての文科省と内閣府の汲々とした情けない小役人に重なる。
世紀の極悪人・アドルフ・アイヒマンもそのような小役人にすぎない、とハンナ・アーレントは喝破する。さらに、ホロコーストにはユダヤ人指導者も手を貸していた、とも記す。

当然のことながら、ハンナ・アーレントはユダヤ社会から叩かれる。ナチのクソだと。
しかし、今、ただ上に従うという、考えることを停止した平凡な人間が行う行為、そのような「凡庸さがもたらす悪」に、ハンナ・アーレントは気づかせてくれているのでは。

ひと月ほど前の朝日にこのような小さな記事があった。
ハンナ・アーレントの若い頃の写真が載っている。
ハンナ・アーレント、恋多き女でもあった。18歳でマールブルク大学へ入った時には、すぐに指導教官である気鋭の哲学者・ハイデガーと不倫関係におちいっている。
子供のころから考えることを自らに課している人間であるハンナ・アーレント、愛することもテーゼ。


今日未明、「共謀罪」法案が成立したそうだ。自公と維新の強行採決。
「共謀罪」法案、正確には「改正組織的犯罪処罰法」、というらしい。
いかようにも運用される。今、安倍晋三が思い描いていない方向へも動いていくよ。
小役人ばかりでなく、国民が選んだ選良たちもハンナ・アーレントが言う「悪の凡庸さ」におちいっている。