湯を沸かすほどの熱い愛。

<湯気のごとく、店主が蒸発しました。当分の間お湯は沸きません。>
幸の湯の入口のガラス戸にはこのような貼り紙が。
銭湯、幸の湯の店主は、1年ほど前から失踪している。妻と娘を放り出して。残されたお母ちゃんはパートをしながら娘を育てているのだが、ある時、末期がんで余命2か月だと告げられる。
空の湯ぶねの中でひとしきり涙を流した後、お母ちゃんは2か月間でやるべきことを3つ心に決め、行動を起こす。
ひとつ、亭主を探し出し幸の湯を再開すること。ひとつ、いじめられっ子の娘を強い子にすること。そして、残るひとつは、娘をある人に会わせること。この3つ。
探偵を使って探すと、お父ちゃんはすぐに見つかった。何と隣町で、「あんたの子だ」という小学生の女の子と暮らしていた。お父ちゃんは、しかとはしないが覚えがないわけではないので、そうしていたようだ。訪ねていき、小さな女の子共々連れ戻す。銭湯、幸の湯を再開する。
学校でいじめられ不登校寸前の娘の尻を押す。ひどいいじめにあっていた娘も、それに立ち向かう。一人立ちができそうだ。
あとひとつ残る心に決めたことも実行に移す。
なんて強い心を持ってるんだ。幸の湯のお母ちゃんは。

『湯を沸かすほどの熱い愛』、監督はこれが商業映画第一作である中野量太。脚本も中野量太のオリジナル脚本。
家族の愛を、これでもかと指しだしてくる。
最低5回は泣ける、という評判をとっている。私も泣いた。が、涙腺はゆるんでいるはずなのに、ジワッときたのは3回であった。涙腺、ゆるんではいるが、枯れてもいるんだろう。

余命2か月という限られた時間に敢然と立ち向かっていくお母ちゃんには、宮沢りえ。
宮沢りえ、素晴らしい役者となった。前作の『紙の月』の銀行員もそうであったが、生活臭のある女性にもビタッとくる。
現実は、類い稀なる美女なのであるが。
このような・・・

これは、今年初め、キネマ旬報の最優秀主演女優賞をとった時の宮沢りえ。日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞も受賞した。この作品で。

1年の間失踪していたが、見つけ出され連れ戻されるお父ちゃんには、オダギリジョー。
いいかげんで頼りない男であるが、どこか憎めない男でもある。オダギリジョー、ピタリ。

幸の湯の一家4人。
お父ちゃんとお母ちゃんは夫婦。
いじめられっ子から立ち直る娘は、お父ちゃんの子供であるが、お母ちゃんとは、実は血のつながりはない。それが、お母ちゃんが余命2か月の間に成し遂げようとした最後の行動なんだ。
お父ちゃんと一緒に連れてきた小さな女の子は、はっきり言ってお父ちゃんの子であるかどうかも怪しい。しかし、お母ちゃんはそれも受け入れる。
いじめられっ子から立ち直る娘には、杉咲花。凄い女優、圧倒的な存在感、将来、凄まじい女優となるだろう。
実の子かどうかも分からないが、幸の湯の子供となった小さな女の子も泣かせてくれる。

お母ちゃんは亡くなる。
子供連れの探偵、お母ちゃんが二人の娘を連れて旅に出た時に出あうヒッチハイクの青年。このような人たちも含めお母ちゃんを葬る。
ラスト、はっきり言って確としない。

2か月、わずかと言えばわずかである。
しかし、幸の湯のお母ちゃんは、とても濃密な時を持った。「湯を沸かすほどの熱い愛}で。