村上隆の五百羅漢図展(続き×3)。

ルネサンス期のフィレンツェやヴェネチアの美術家工房がどの程度の規模であったか、江戸期の狩野派の絵師集団がどのような規模であったか、共に知らない。が、せいぜい数十人の規模であったのではないか。
ところが、村上隆は、カイカイキキの従業員に加え200人の美大生、という規模の大工房を作りあげた。二百数十人に及ぶ絵師集団である。その工房システムを、24時間制(おそらく3交代制であろう)で動かす。3交代制の工場で稼働させる、と言っていいのかもしれない。
師匠・村上隆の思い通りの五百羅漢図を創るためには、さまざまなシステムが必要になる。さまざまな資料も。膨大な量になるそうだ。その一部が展示されている。

下絵、指示書、分担表、スケジュール表、その他さまざまな資料が。
延べ100メートルにおよぶ村上隆の五百羅漢図、その舞台裏が現れる。

黄色いテープでさまざまなチェックが。

参考資料であろう。多くの河童が。

<8/21(日) 日勤>、と記されている。
すべてのスタッフではなかろうが、チーフ・アシスタントのような立場の人は日報のようなものをつけていたのだろうか。
工房、工場なんだな、やはり。

<10/2 ご指示>という文字が、赤いマジックで囲んである。
”ご指示”の文字に、村上隆を頂点とする大工房のヒエラルキーが窺われる。

<村上様スケッチ 10/24>の文字も見えるが、左の方にはこういう書きこみが。
<指示書どうりにヤレ! ボケ!>。
右下には、<ひでーな 低レベル>、との文言も。
村上隆の言葉であろう。それとも、現場監督であるチーフ・アシスタントの記載であろうか。いずれにしろ、これらの厳しい言葉によって100メートルに及ぶ≪村上隆の五百羅漢図≫は成し遂げられた。
あちこちから集まった200人の美大生、「アホ、バカ、ボケ」と罵倒され続けていたのだろう。が、いい経験、得難い勉強をしたに違いない。

作品の画像、描かれた人物などについての説明書きもある。親切。
例えば、この大きく描かれた4人の羅漢。
左端は、<十六羅漢のうち第十尊者・半陀迦(ハンタカ)。・・・・・。書物を手に、充血した目で価値評価を行う。本作では左右の瞳の位置が上下ちぐはぐになっており、世界をぐるぐる見回しているかのようだ>、とある。
あと3人の羅漢は、その名前のみ記す。
2番目は因掲陀(インガダ)、次は蘇頻陀(スビンダ)、右端は跋陀羅(バダラ)。

最後の部屋に入る。
死、業、救済、といったものを思わせる作品が並ぶ。
2011年3月11日があり、村上隆、死や救済といったイメージがどうしても。
右の金色の彫刻は≪欲望の炎ー金≫。2013年の作。
金箔、カーボンファイバー。

≪萌える人生を送った記憶≫。
アクリル、カンヴァス、アルミニウム・フレームにマウント。2015年作。

近づく。
<村上は90年代の「タイムボカン」シリーズで、ドクロマークを敗戦国日本におけるアイロニカルな輪廻的世界観が支配する諦めの象徴として描きました。・・・・・>、と森美術館の説明書きにある。
この展覧会でも、村上隆が描く髑髏・ドクロ、幾つもあった。≪慧可断臂図≫もその地にはドクロが描かれていた。

最後の部屋にある≪円相:シャングリラ≫(部分)にも。
村上のドクロ、諦めの象徴であるよりは、救済、再生に繋がるように思えるのだが、私には。

≪村上隆の五百羅漢図展≫、その最後の最後の作品はこれである。

≪馬鹿≫。
アクリル、カンヴァス、アルミニウム・フレームにマウント。2012年作。
よく目を凝らして見ると、”馬鹿”という文字が浮かびあがってくる。それ以上に、この画面にはびっしり字が書きこまれている。
何が馬鹿なんだ。そして、どういうことを書いているのだ。

村上隆、こういうことを書いている。何とか読むことができると思う。
村上隆、1962年生まれであるから、2012年に48歳であることは少し辻褄があわないのであるが、それはまあいいとする。
要するに、日本の美大教育や現代美術業界への文句、いわば宣戦布告である。ドン・キホーテと言われようとも吾行かん、の心境じゃないかな、村上隆の心の中。
ところで、ここ数日、だんだんと思い出してきた。
「藝術新潮」2012年5月号、「まだ村上隆が、お嫌いですか?」という特集であったことも。
絵が好きだって連中、その多くの人が村上隆が嫌いだったんだ。私もそう。
村上隆とは真逆と思われる伝統美術に通じたK.O.から「圧倒された」とのメールを貰わなければ、私も観に行かなかったかもしれない。
村上隆の作品はオモチャみたいだとか、それがオークションで億の単位で取引されている、ということがどこか引っかかっていたんだな。そう思う。
食わず嫌いはいけないな。思えば、凄い展覧会であった。
≪村上隆の五百羅漢図展≫、4回に亘った。多くの写真も載せた。
会場内、すべて写真撮影OKなんだ。これは、日本での展覧会としては、まあ珍しい。
村上隆、日本の美術界に風穴を開けているな。